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・"説教より 共感・教えより 寄り添い・人生論より心の現場を"
・1600年。空海さまが家康公に…‼ <今日の空海・画像②>
・インスタグラムの天明山不動堂が開設2ケ月でフォロワーが4000人を超えました。
《・当HPは世界中から一日約7,000件のアクセスをいただいております・9/24 現在》
*令和8年9月26日(土) 壁 宿 (安住宿)吉日。
・安住宿・吉日
「・約束を、一つ守る日。」
――・大きな信用は、小さな約束からできている。――
「・あとで電話するね。」
・「今度行きます。」
・「明日までにやります。」
・「今度ご飯でも。」
・私たちは一日に、
・いくつもの小さな約束をしています。
ところが、
・大きな約束は覚えていても、
・小さな約束ほど忘れてしまう。
今日は、
新しいことを始めるより、
・すでに誰かと交わした約束を、一つ果たす日。
・思い出してみてください。
・誰かが、
・あなたの「今度」を、
・まだ待っているかもしれません。
***********
~⁑今日はどんな日⁑~
・◆**「信用は、一日ではできない。
・しかし、一言で壊れることがある。」**
・だからこそ、
・できない約束はしない。
・した約束は、
・できるだけ守る。
・守れなかった時には、
・きちんと謝る。
・それだけでも、
・人間関係はずいぶん変わります。
******************
空海弘法大師宿曜経より
【⁑ 弘法大師空海が伝えた『宿曜経』に学ぶ】――
・壁宿(へき・しゅく) ‐安住宿‐吉日
・「壁」は、
・外からの風雨を防ぎ、
・内にいる人を守ります。
しかし今日、
天明山不動堂では、
・もう一つの「壁」を考えてみたいと思います。
・それは、
・人と人との間にある「信頼」という壁。
・家の壁は、
・一日でも造れるかもしれません。
・けれど、
・信頼という壁は、
・長い年月をかけ、
・一枚一枚積み上げてゆくものです。
・その材料になるのが、
・日々の小さな約束です。
・今日の吉日を、
・「信頼を一枚、積み上げる日」
・として過ごしてみてはいかがでしょう…。
※『宿曜経』からの直接引用ではなく、危宿を手掛かりとした天明山不動堂の現代的仏教解釈です。
******************
⁂🔥 不動堂的解釈
⁂神・仏様との約束も、
・大げさなものでなくてよいのです。
・「今日は人の悪口を一つ減らします。」
・「今日は家族にありがとうと言います。」
・「今日は腹を立てても、すぐ送り返しません。」
・一日一つ。
・守れたら、
・また明日一つ。
**修行とは、できない百の誓いより、
・守れる一つを続けること。**
・私はそう思います。
******************
⁂・あつ!ー空海さまだ⁉

⁂・あつ!空海さまだ~⁉ ・・・”秋のお彼岸の終わりの日に、《父母恩重経》を読経しながら、声を詰まらせ、涙が滝のように流れ、お弟子さんたちも全員もらい泣き…!
・ 若者向け SNS版 !
・「『あとで返す』を、今日返そう。」
LINE。
借りた物。
ありがとう。
ごめんなさい。
小さな約束ほど、
後回しになりやすい。
でも、
・信用って、そういう小さなところに住んでいる。
🌸 今日 心に留めたい言葉
・約束とは、
未来の自分に預けた、
・相手からの信頼である。
だから、
軽く受け取らない。人には、
⁂ 今日 の心への言葉
・秋になると、
・木々は黙って季節との約束を果たします。
・暑かった夏が終わり、
・葉の色を変え、
・実を結び、
・やがて冬へ備える。
・自然は、
・「また今度」
とは言いません。
・時が来れば、静かに役目を果たします。
******************
* ああああああああ!空海・様が・・・・・・!

*〖 空海さまが、新潟総おどり、のチームの中で、若い女性達と一緒に照れながらすごい踊りを披露しておられる!
***
" 量照:RYOUSYOU のコーナー”
⁂・老若男女へ ぜひ届けたい メッセージ‼
⁂「量照"の独り言」~⁉
・「『今度、飯でも』は、本当に来るのだろうか。」
・日本人は、
・この言葉をよく使います。
・「また今度。」
・「落ち着いたら。」
・「暇になったら。」
・ところが――
人生は、
・なかなか暇になりません。
・仕事が落ち着いたらと思っているうちに、
・別の仕事が始まる。
・子育てが終わったらと思ったら、
・今度は親のことが始まる。
・「そのうち会おう」
と思っていた友人と、
・何年も会わないままになる。
・そして時には、
・もう会えなくなる。
・だから私は、
最近こう思います。
・会いたい人には、会えるうちに。
大げさな用事など、
なくていい。
・「元気?」
それだけでいい。
・人間関係というものは、
・特別な出来事でつながっているのではなく、
・案外、
・「どうしてる?」という一言でつながっている。
・今日、
・一人だけ思い出してください。
・顔が浮かんだ人がいたら、
・それが今日、連絡する人なのかもしれません。
⁂
・量照・RYOUSYOU ー
⁂

*ネパール・チベット大規模土石流災害
・死者 1,399人――行方不明 4,089人。
・4,089という数字の一人ひとりに、
・名前があり、家族があり、帰りを待つ人がいる。
・どうか、一人でも多くの命が救われますように…。 < -9/17・現在ー>
ー<<・心の相談室・>>ー
*金曜・RYOUSYOUの心の相談室*
――毎週金曜日 更新――
*一人で悩まないでください…
*人生には、誰にも話せない悩みがあります。
*家族のこと。
*仕事のこと。
*病気のこと。
*人間関係のこと。
・そして、生きる意味。
*どんな小さなことでも構いません。
*一緒に考えましょう一緒に考えてみましょう
・"hudoudou1@outlook.jp"
*「相談することは、弱さではありません。」*
・🕊 心の相談室/NEW -No.13-
*皆の心の自由な相談室です・・・。
~ ⁂ 【金曜・量照の心の相談室】~
「・先生、明日の朝が来るのが怖いです‼」
―52歳・男性会社員から、深夜11時47分に届いたLINEよりー
・昨夜遅く、一通のLINEが届きました。
・普段は、ほとんど弱音を吐かない方です。
ところが、昨夜の文章はいつもと違っていました。
*【先生、こんな時間にすみません。
少しだけ話を聞いてもらえませんか。
・明日も会社です。
でも最近、夜になると眠るのが怖いんです。
・眠ったら朝になりますから。
・朝になったら、また会社へ行かなければなりません。
・上司から毎日のように、
・「お前は本当に使えない」
・「何年この仕事やってるんだ」
・「給料泥棒だな」・と、みんなの前で言われています。
・最初は自分が悪いと思っていました。
・だからもっと頑張ろうと思いました。
・でも最近は、何をしても怒られるような気がして、
・上司の足音が聞こえるだけで身体が固まります。・妻には言っていません。
・娘にも言えません。
・52歳にもなって、
・「会社へ行くのが怖い」なんて、
・情けないですよね。・今日、帰りの電車の中で、
・「このまま明日の朝が来なければ、楽なのかな」
・と考えてしまいました。
・先生。
・私が弱いだけなのでしょうか…⁇ 。
・【量照・RYOUSYOU より心をこめて】~
・いいえ!
・あなたが弱いのではありません。
・しかし――
・私は今夜のあなたの言葉を、
・「仕事の愚痴」として聞き流すことはできません。・特に、
・「明日の朝が来なければ楽なのかな」
・この一言です。
・私はここを非常に心配しています。
・今夜は一人で抱え込まないでください。
・会社のことより先に、
・あなた自身を守ることを考えましょう。
・そして今夜、もう一つだけ約束してください。
・重大な決断を、一人でしないこと。
・会社を辞めるかどうかも、
・これからどうするかも、・今夜決めなくていい。
・まず、
・今夜を安全に越えることです。
・それが第一です…。 【わかりました、おやすみなさい】 ‐LINE 終了‐
<・そして翌朝、第二のLINEが届きました…。>
「・先生、おはようございます。
・昨夜はありがとうございました。
・実は妻の隣で寝ているのに、
・「自分は一人だ」とずっと思っていました。・先生に「一人で決めるな」と言われて、
・初めて妻に話しました。・妻はしばらく黙っていました。
そして、
・「どうしてもっと早く言ってくれなかったの」
・と泣きました。
・私も泣きました。
・結婚して二十五年になりますが、
・妻の前で泣いたのは初めてでした…。」////////
- 【 RYOUSYOU の お答え 】-
*「耐え続けることだけが、強さではありません。」
・⁑「壊れるまで耐えることを、私は『責任感』とは呼びません。」
・会社には、あなたの代わりがいるかもしれない。
・しかし――
・あなたの家族に、あなたの代わりはいない。
・だから、
・仕事を守るために、命を削らないでください。
・あなたが守るべき第一番は、会社ではありません。
・あなたの "命“ です。
- 【 RYOUSYOU の お答え 】-
・【量照・RYOUSYOU より心をこめて】~
*私は最初に、
これを申し上げます。
・一人で解決しようとしないでください。
・そして、
・「もう少し頑張ってから相談しよう」
と思わないでください。
・眠れない。
・食べられない。
・涙が止まらない。
・会社へ近づくと身体が震える。
・休日にも仕事の恐怖が頭から離れない。
・あるいは、
・「消えてしまいたい」
・「朝が来なければいい」という思いが出ている。
・そこまで来ているなら、
・根性や我慢で乗り越えようとする段階ではありません。
・家族。
・信頼できる友人。
・職場の相談窓口。
・労働組合。
・外部の相談機関。
・医療機関。
・頼れるところへ、
・「今、私は苦しい」
・と伝えてください。
・また可能であれば、
・いつ、
・どこで、
・誰から、
・何を言われたのか。
・メールやメッセージなども含め、
・記録を残すことも大切です。
・そして、
・心身が限界なら、
・休むことも考えてください。
・会社を休むことと、人生を諦めることは
・まったく違います。
・仕事は、
・人生の一部です。
・会社は、
・世界のすべてではありません。
・役職も、
・評価も、
・給与明細も、
・あなたという人間の価値を決めるものではありません。
・もし、
・この文章を読んでいるあなたが、
・職場で毎日、
・人格を傷つけられているなら。
・お願いがあります。
・自分まで、自分をいじめないでください。
・上司から、
・「お前は駄目だ」
と言われた。
・だからといって、
・夜、一人になったあなたまで、
・自分自身に、
・「私は駄目だ」
・と言わないでください。
・あなたは、
・会社の評価表ではありません。
・あなたは、
・一度の失敗ではありません。
・あなたは、
・上司の一言で決められる存在でもありません。
・そして、
・もし今、
・「明日が来なければいい」
・と思うほど苦しいのなら、
・明日の仕事より先に、
・あなた自身を守ってください。
・電話一本でもいい。
・メール一通でもいい。
・「助けてください」
・と言えなくてもいい。
・「少し話を聞いてほしい。」
・それだけでよいのです。
・その一言は、
・弱さではありません。
・生きる側へ戻るための一歩です!
⁂
・ RYOUSYOU <・-No.13- END>
***********************

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***********************
~<心の相談室・プラス >
ー20歳以下の悩みに答えます 。土曜日更新-
・今回の質問者は…
――17歳・高校2年生・女子――
⁂問:――
・「先生、学校では普通に笑っています。でも、家に帰ると全部どうでもよくなります。・別に死にたいわけじゃない。でも、生きたいとも思わない。
ー【相談】ー
・先生、こんばんは。
・変な相談だったらすみません。
・私、高校2年の女子です。
・学校には普通に行っています。
・友達もいます。
・休み時間には一緒に笑っています。
・Instagramもやっています。
・部活も週4で行っています。
・成績も、真ん中より少し上くらいです。
・だから、
・たぶん周りから見たら、
・普通の高校生です。
・でも最近、
・家に帰ると、
・何もしたくありません。
・制服のままベッドに横になって、
・スマホを見ています。
・TikTokを見て、
・Instagramを見て、
・LINEを返して、
・またTikTokに戻ります。
・別に見たい動画があるわけじゃありません。
・気がつくと、
・二時間くらい経っています。
・母から、
・「お風呂入りなさい」
と言われて、
・「分かってる」
と言います。
・「宿題したの?」
と言われると、
・イライラします。
でも、
・母が悪いわけじゃありません。
・それも分かっています。
・この前、
母から言われました。
・「あなた、何か悩んでる?」
・私は、
*「別に。」
と言いました。
・本当は、
・別に、じゃありませんでした。
・でも、
・何に悩んでいるのか、
・自分でも分からないんです。
・学校へ行けば、
・普通に笑えます。
・友達から、
・「今日テンション低くない?」
と言われれば、
・「昨日寝不足(笑)」
と言えます。
・Instagramには、
・友達と撮った写真も載せます。
・みんなから、
・「楽しそう」
と言われます。
・でも、
写真を載せた五分後には、
ベッドの上で、
・無表情でスマホを見ています。
・時々、
・「私、何してるんだろう。」
と思います。
・一番怖かったことがあります。
・先週、
・夜中の二時くらいに、
・スマホを見ながら、
・突然、
・「明日、学校休みにならないかな。」
と思いました。
・その次に、
・「ずっと休みだったらいいのに。」
と思いました。
・そして、
・そのあと、
⁑「全部終われば、もっと楽なのかな。」
という考えが、
・一瞬だけ出てきました。
自分でも怖くなって、
・すぐスマホを閉じました。
・でも先生、
・誤解しないでください。
・私は、
・死にたいわけではありません。
・ただ、
・最近、
・*「生きたい」とも、あまり思わないんです。
・朝になったから起きる。
・学校があるから行く。
・授業だから座る。
・友達が笑ったから笑う。
・LINEが来たから返す。
・宿題だからやる。
・眠くなったから寝る。
・そして、
・また朝になる。
・その繰り返しです。
・大学にも、
・特に行きたいところがありません。
・将来やりたい仕事もありません。
・先生から、
・「そろそろ進路を考えなさい」
と言われるたびに、
・苦しくなります。
・だって、
・来年の自分さえ想像できないのに、
*十年後のことなんて分かりません。
・でも、
・こんなことを言ったら、
・母を悲しませると思います。
・お父さんもお母さんも、
・ちゃんと育ててくれています。
・学校にも行かせてもらっています。
・友達もいます。
・ご飯も食べられます。
・だから、
・私には、
・苦しいと言う資格がないような気がします。
・先生。
・私って、
・ただ甘えているだけでしょうか?
*********************
・RYOUSYOUのお答え ー
・いいえ。
・まず、
・これだけは最初に申し上げます。
・**あなたの苦しみに、
「苦しんでよい資格」など必要ありません。**
家族がいる。
学校へ行ける。
友達がいる。
食事もできる。
それらは、
ありがたいことです。
しかし、
ありがたい環境にいる人は苦しんではいけない、
ということにはなりません。
そこを、
混同しないでください。
そして、
あなたの相談の中で、
私は一つ、
どうしても聞き流せない言葉があります。
それは、
「全部終われば、もっと楽なのかな。」
という一言です。
あなたは、
「死にたいわけではありません」
と書いてくれました。
その言葉も、
私はきちんと受け止めます。
しかし同時に、
「生きたいとも、あまり思わない」
とも書いています。
ですから私は、
これを単なる
「高校生によくある気分の波」
として片づけたくありません。
今は、
・一人だけで抱え続けない方がよい状態です。
・「普通に学校へ行けているから大丈夫」とは限らない。
ここは、
お父さん、お母さんにも、
学校の先生にも、
ぜひ知っていただきたいことです。
苦しんでいる若者が、
・全員、
・部屋から出られなくなるわけではありません。
学校へ行く子もいます。
テストを受ける子もいます。
友達と笑う子もいます。
部活へ行く子もいます。
SNSに笑顔の写真を載せる子もいます。
・そして、
夜、
一人になった時だけ、
・崩れる子もいる。
・**「笑えている」と、
・「苦しくない」は、同じではありません。**
・あなたは「怠けている」のではなく、かなり疲れているのかもしれない。
・家に帰って、
・制服のまま横になる。
・何となくスマホを見続ける。
・何もしたくない。
・些細なことでイライラする。
・将来を考えるだけで苦しくなる。
・私は、
・あなたを文章だけで診断することはできません。
・ただ、
少なくとも、
・「根性が足りないから頑張れ」
で済ませてよい話ではありません。
・そして、
・もう一つ。
あなたは、
・お母さんから、
・「何か悩んでる?」
と聞かれて、
・「別に」
と答えたそうですね。
私は、
あなたを責めません。
・言葉にできない時は、
本当に、
言葉にできないのです。
・だから、
全部説明しなくていい。
今夜、
お母さんに、
・これだけ言えませんか。
**「この前、『何か悩んでる?』って聞いたよね。
・あの時『別に』って言ったけど、本当は別にじゃない。」**
・それだけでいい。
・その先で言葉が出なければ、
黙ってもいい。
泣いてもいい。
あるいは、
・この相談文をそのまま見せてもいい。
・そして、お母様へ。
もし娘さんから、
この言葉を聞いたら、
お願いがあります。
・最初の一言を、
・「何があったの?」
にしないでください。
・問い詰める形になることがあります。
まして、
「学校で何かあった?」
「友達?」
「成績?」
と、
・原因探しを急がないでください。
まず、
・「話してくれてありがとう。」
・それだけでいいのです。
そして、
・「一人で抱えなくていいよ。」
と伝えてください。
原因を突き止めることより、
・今夜、
・この子を一人にしないことの方が先です。
・進路は、今夜決めなくていい。
大学。
就職。
将来。
夢。
・大人は若者に、
・「将来何になりたい?」
と聞きます。
もちろん大切な問いです。
しかし、
・今日を生きることで精一杯の若者に、
*十年後の設計図を求めても、
・苦しくなるだけの時があります。
・だから今は、
・十年後ではなく、
・「明日の朝を、どう少し楽にするか。」
・そこからでいい。
・仏教の言葉を一つだけ。
・あなたは今、
・「自分には何もない」
と思っているかもしれません。
・けれど、
私はそう思いません。
・なぜなら、
・あなたは今夜、
誰にも言えなかったことを、
・文章にして誰かへ届けたからです。
・これは、
小さなことではありません。
**「助けて」と言えない人が、
・「話を聞いてください」と言う。**
それも、
・立派に助けを求める行為です。
・そして、
量照から一つだけ、
・強く申し上げます。
**「全部終われば楽なのかな」
という考えが再び現れた時は、
一人にならないでください。**
家族を起こしてもいい。
信頼できる大人へ連絡してもいい。
学校の先生、養護教諭、スクールカウンセラーなど、
頼れる人につながってください。
自分を傷つけてしまいそうなほど切迫した時は、
その場で周囲の大人や緊急の支援につながってください。
これは、
大げさではありません。
**命を守ることに、
・「大げさ」はありません。**
・ 量照から、あなたへ
・あなたは最後に、
*「私は甘えているだけでしょうか。」
と尋ねましたね。
・私は逆に、
・あなたへ尋ねたい。
**いったい、いつまで一人で頑張れば、
・あなたは自分に
・「もう苦しいと言っていい」
と許可を出せるのでしょう。**
・倒れてからですか。
・学校へ行けなくなってからですか。
・何も食べられなくなってからですか。
・それとも、
・もっと深刻なところまで行ってからですか。
・そこまで待つ必要はありません。
・今夜は、
・人生の意味を見つけなくていい。
・夢も、
・決めなくていい。
・元気にも、
ならなくていい。
*ただ一つ。
・一人で苦しまないこと。
・それを、
・今日の目標にしてください。
・そして明日の朝、
*カーテンを開けてください。
・人生を変えるためではありません。
・ただ、
・朝が来たことを確認するために。
その次は、
顔を洗う。
水を飲む。
何か食べる。
誰かに、
「おはよう」
と言う。
人生というものは、
案外、
そんな小さなことから、
もう一度始まります。
⁂結び
・大人たちは、
若者に言います。
「夢を持ちなさい。」
「目標を持ちなさい。」
「もっと頑張りなさい。」
けれど時には、
・その前に言わなければならない言葉があります。
・「疲れていないか。」
・「ちゃんと眠れているか。」
・「一人で泣いていないか。」
・若者を救うのは、
立派な人生論とは限りません。
・「今日、どうだった?」
その一言かもしれない。
そして、
返事が、
・「別に。」
だったとしても、
そこで終わらないでください。
**「そっか。
でも、本当は別にじゃない日が来たら、
いつでも話してね。」**
・その一言を、
残しておいてください。
若者は、
その言葉を、
・何日も後になって思い出すことがあります。
そして、
・その一言が、
ある夜、
・誰かに助けを求めるための細い一本の糸になることがあります。
⁂
⁂

* 量照・結びの言葉⁂ー9月26日・壁宿の日
⁂今日、
大きなことを成し遂げなくてもいい。
誰かとの約束を、
一つ守れた。
返すべき連絡を、
一つ返せた。
言うべき「ありがとう」を、
一つ言えた。
それだけでも、
今日という日は、
十分に意味があります。
人から信頼される人とは、
立派なことを言う人ではありません。
・言ったことを、静かに守る人です。
・壁宿・安住宿の吉日。
今日は、
あなたと誰かの間に、
・「信頼」という一枚の壁を、丁寧に積む一日にして みませんか。
⁂
**************
/////////////////////////////////
⁂さあー空海弘法大師と同行二人の旅をご一緒に!
"空海さん⁇ 知りたいですか?”
・ー

⁂ 空海さん(第16次遣唐使第1船) ″けんとうし”、日本史で学んだ…”
*「空海」は Kūkai と表記されます。尊称を含めると「Kōbō Daishi(弘法大師)」とも呼ばれます。彼は平安時代の僧侶で、真言宗の開祖として知られています。中国で密教を学び、それを日本に持ち帰って広めた人物です。彼の書道の才能も高く評価されていて、「三筆(さんぴつ)」の一人としても有名です。<嵯峨天皇・空海・橘逸勢(従五位下・但馬権守役人)>
【信仰心がなければ安心して生きていけない時代とか──だからこそ、あなたに伝えたい。千二百余年の智慧を。】
🌿自然とともに生きるということ
⁂私たちのまわりに広がる自然―― 空、海、山、風、雨。 それは人間の力ではどうにもならない、大きな存在です。
・たとえば、大雨や雷、嵐や津波。 どんなに科学が進んでも、自然の力を完全にコントロールすることはできません。
・じゃあ、そんな自然に対して、私たちはどう向き合えばいいのでしょう? 力でねじ伏せようとするのか、それとも、自然と上手につき合っていく道を選ぶのか。
日本の昔の人たちは、後者を選びました。 なぜなら、自然はときに厳しく、すべてを奪ってしまうこともあるけれど、 同時に、命を育み、恵みを与えてくれる存在でもあるからです。
・はるか昔、大和の時代から、 私たち日本人は、自然とともに、カミとともに生きてきた―― そんなことが、古い書物にもたくさん記されています。 ・心のよりどころを、いま ここに…。

・空海の教えは、千二百余年前から人々の心を照らし続けてきました。
・未来を生きる(心身ともに)若い貴方にも─不安を希望に変える力がきっと見つかります。
"A Place for Your Heart, Here and Now."
The wisdom of Kūkai has guided people for over 1,200 years.
Even in our uncertain times, it can give you strength and hope for tomorrow.
⁂「昭和の温もりを胸に、平成の息吹を感じながら、真言密教の光を次の世代と世界へ届けます。
(ryousyou.net)

<平安時代絵巻物 :ー 教科書にはない真実‼>
・背景:炎に包まれた京の町並み。煙が空を覆い、建物が崩れ落ちる様子が描かれています。 <平安時代: 京の都は、大火・旋風・大地震・干ばつ・突然の福原遷都 5大災害によりまるで生き地獄の状態でした。> -方丈記:鴨長明(かもの ちょうめい)-に記載
・地獄の世にあって、なお問う…
・人の「幸せ」とは何か?
・幸せとは、環境の安穏ではない。
・心の在り方である。戦乱があろうと、災禍があろうと、時代が荒れ狂おうと、
・人の内なる灯は消えない不動の心こそが、乱世を生き抜く力となる!
・炎は、破壊の象徴ではない ー
・迷いを焼き尽くす智慧である!
・その炎を、
・自らの内に見出すとき、
・人は初めて「幸せ」に触れる・・!
< 平安絵巻 >
⁂「心を照らす言葉が、ここにある…。」⁂
・空海の教えは、千二百余年を超えて、
・迷いや不安を生きる人々の心を支えてきた。 ・その智慧 は今を生きる若者 にも。
・明日を ひらく力を 与えてくれる…。
<空海:774~835年>
"心を照らすメンタル師” = 空海の魂の教え!
”全ての生き物は仏性をもち全ての人間は貴賤にかかわらず平等で貴い”
(空海)
"All living beings possess Buddha-nature, and all humans are equally noble regardless of social status." ( Kūkai )
*何故、この現代に空海の教え?
🌌宇宙の果てからカミのもとへ。

・🌌 宇宙の果てを探し続けた人類は、
最後に自らの心の奥へ辿り着く。
・そこにこそ、
神仏の灯火があるのかもしれない‼
・
⁂最先端の科学を駆使して宇宙を旅する飛行士たちが、 この地球に帰ってきて、真言密教に帰依する―。
それは、「人間の知恵がどれほど進んでも、 自然の力、宇宙の真理には、ひれ伏すしかない」 ということを、彼ら自身が体感した証なのかもしれません。
真言密教は、大自然そのものを「カミ」として敬い、 その力とともに生きる道を示してくれる教え。
奈良時代の仏教が国を守り、庶民の苦しみに寄り添ったように、 空海が開いた真言宗は、平安の時代に人々の心を照らしました。
・そして―
お大師様、弘法大師・空海が高野山に真言密教の根本道場を開いてから、1250年以上。 その教えは、今もなお、魂を揺さぶる。
色褪せるどころか、時代を超えて、ますます輝きを増している。
・宇宙の果てを見た者が、最後にたどり着くのは、 この星の奥深くに息づく「カミ」の教えなのかもしれない…。



・子どもたちの笑顔は花のように地に春を満たし、学ぶ声は梵音のごとく天心に響く…。

⁑泣いてもいいよ 立てばいい , 夢を信じて 進めばいい 風にまけずに咲く花に なっておくれと願うだけ….
・遠く離れていても なお 君の笑顔が光になる 。この手のぬくもり忘れずに 明日を照らして生きてゆけ 無限の願いを込めて

・『自分を信じる』 即身成仏の現代的解釈
・つながりを大切にする (縁起・大悲の心)
・『未来を切り開く』(三密修行の実践を現代化)”空海の他の教えについても教えてください
・もちろんです!・空海(弘法大師)は、真言宗の開祖として知られ、仏教の教えを日本文化に深く根づかせた偉人です。 👇彼の教えは、単なる宗教的な戒律にとどまらず人生の智慧や心の在り方にまで及びます。 ここでは、若者にも響くような空海の代表的な教えをやさしく紹介します.

⁂ 空海の「十善戒」をやさしく言うと…
*「日々の心がけとして、どうぞお役立てください」
<チビッ子→120歳・日本国100歳以上10万人!>


*空海は、これらの教えを通して「自分の心を整えることが、世界をよくする第一歩だよ」と伝えています。ルールというより、“心のトレーニング”と思ってもらえるといいでしょう…。
⁑弘法大師空海さまの説かれる密教の教えは、決して最初から楽しいとはいえません…。
・けれど、その一歩先、手を伸ばせば届きそうなところに
自分の人生を照らす “深い智慧の珠(たま)” が 静かに輝いていることを・・・。
・迷いや悩みを抱える若い人にこそ知っておいてほしいのです…。⁑
・難しい…わからない…。
・それでも心のどこかがふっと温かくなる──
・その感覚こそが、あらゆる学びと成長の出発点なのですから…。
* 真言(しんごん)
- ・【真言は宇宙と人とを結ぶ響き】=
- ・世の中がどんなに進化いたしましても、天然・自然の神巧威力にはけっして勝てません。
- 人がどんなに賢明であっても、宇宙の神秘を詳らかにし、未然を察知することは不可能でございます。
- ヒトに智恵の別はあれども、天地の大きさ・偉大さより之を見れば、いずれも五十歩百歩の差にすぎません。
- されば賢者と雖も誇るに足らず、愚者亦恐れるに及ばず、
- まさに智者必ずしも智ならず、愚もまた愚ならず、 でございます。
- また視点を変えて見ますと、「人がいかに小なり、愚なりと雖も、宇宙を学び、天地を解明し、未然を察しうる」こともできましょう。
⁂ ~大日如来~ ⁂
・"仏様”とはお釈迦様でなく大日如来様”のことです~
⁂お釈迦様は”大日如来”が姿を変えられた存在です⁂
⁂ 誰もが知ってる“不動明王”もまた”大日如来様”が姿を変えられた存在…
⁂宇宙の中心にある“意識…”—を、
・仏を大日如来と呼び、・神として天之御中主と呼んだ。
『名は違えど、光はひとつだ』
⁂大宇宙は名を持たない 仏教ではそれを“大日”と呼び、 神道では“天の御中”と呼ぶ。
・どちらも、君の魂を目覚めさせるための同意語なのです。
・大日如来=天之御中主神・
・dainitinyorai = ・あめのみなかぬしのかみ
⁂光明真言
・光明真言は、密教の中心仏・大日如来に捧げる特別な真言で、心身の浄化や災い除け、開運などに広く用いられています…。
⁂『オン アボキャ ベイロシャノウ マカボダラ マニ ハンドマ ジンバラ ハラバリタヤ ウン』
・これはサンスクリット語の音をそのまま唱える 「マントラ(真言)」で、音そのものに力があるとされます。
⁂ イメージで理解しましょう!
・光明真言は、言葉の意味よりも「響き」に力があるとされますが現代的なイメージで解釈するとー
✨ご利益.
- 心身の浄化
- 災難除け・厄除け
- 病気平癒・健康祈願
- 先祖供養・冥福祈願
- 精神安定・開運招福
・唱え方のポイント
・一心に唱えることが大切(意味よりも集中)光明真言は、まるで“心のシャワー”のように、内側を清めてくれる祈りの言葉です。初心者でも気軽に始められる真言なので、日々の心のケアにもぴったりですよ。是非毎朝、東の太陽に向かい静かにお唱えしてください。そして様々な"不思議”を体感されてください。 ーRYOUSYOUー
⁑阿字の子が阿字の故郷立ち出でて、また立ち帰る、 阿字の故郷。
⁂ 私達、皆が”同じ故郷”だったんですね…! ⁂
*平安時代に、 KYOUTO に5大災害!



****************************************************************************

*【優雅と絶望が同居する、それが平安の京都だった。】
・「平安京は、生きながら地獄を歩く町だった!」 ~【五重の地獄‼】~
・【千年の都は、五つの地獄に呑まれていた‼】 資料:鴨長明-“方丈記”<日本3大随筆>

・見よ、この苦界を!
・この人々を、救いから遠ざけてはならぬ!
・仏は天上にあらず、衆生の涙の中にあるのだ…。≪人々を、庶民を救うNEW仏教を、 1日も早く "密教" を日本へ!≫
⁂空海と遣唐使船ー
ー<・命を懸けた密教への旅・>ー
⁂ 第16次 遣唐使節団 (804年)
・奇跡の航海‐空海が動いた!
- ⁂ 空海が渡唐したのは延暦23年(804年)、第16次遣唐使節団の一員として(密教を日本に!)
- ・当初、空海(第一船)は正式な遣唐使メンバーではなく、追加募集で留学僧として特例参加しました。 -奇跡➊-
- ⁂ 同じ船団には、天台宗の開祖・最澄(第2船)-奇跡➋- 後の日本仏教を担う二人が同時に渡唐した奇跡的な旅でした!
⁑航海の困難:遭難と漂着‼


//・西暦804年。//
― 遣唐船、 第1船で若き空海は -
命を懸けて海へ出た !
【4隻で使節団を構成】・最澄、は 第2船。
*その目的はただ一つ
*「真理を日本へ持ち帰ること…。」
・しかし―― 海は牙をむいた ‼
・暴風!
・雷鳴!
・船体は裂けんばかりに揺れる…
・誰もが死を覚悟した。 その時、
・一人の僧が立ち上がった
・恐怖の中で、
・彼は叫ばなかった。
・祈った! 嵐が、割れた…。
・怒涛は静まり、
・船は奇跡的に進路を保った。
・生き残ったのは―― 【第2船難破・第3、4船沈没!】
・偶然か、必然か…! あの嵐がなければ、
・密教は日本に届かなかった.<奇跡❸>
・「命を懸けた留学!」 現代との対比で訴える!
1.【・当時の留学先は中国(唐の時代)。飛行機で数時間の留学とは違う。彼らは粗末な木造船で羅針盤もない海を渡った。嵐に巻き込まれ、海賊に襲われ、帰れない者も出た。それでも、未来の日本のためにと、志を高くして旅立った。】
2. 「651人の小学校」─ 規模感で想像力を刺激したい!・【最大で651人。小学校ひとつ分の人々が、命を懸けて海を渡った。その中には、僧侶、医師、学生、通訳…まるで知の船団だった。】
3.帰れなかった者たち ─阿倍仲麻呂の詩で心を揺さぶりましょう
・“天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも。” 。 ー阿倍仲麻呂ー
*唐で出世した阿倍仲麻呂が詠んだ望郷の歌。・彼は帰国を試みるも果たせず、異国で生涯を終えた。】
4. 「空海の漂着と筆の力」─ ・知識が命を救った瞬間!
【・空海の船は漂流し、海賊と疑われた。だが、彼の書の技が人々を驚かせ、命を救った。知識は武器だった】
・⁂第16次遣唐使船の第一船難民(30余日を水のみで奇跡的に生存!)
ー画:空海ー

・「この姿こそ、誇りの証・・・。」
・34日間、波に揉まれ、星に導かれ、命を削ってたどり着いた異国の浜。 衣は裂け、肌は焼け、言葉も通じぬ地に、彼らは立った。 その姿は、敗者ではない。 それは、知と志を背負った者の、誇りの形だ。 彼らは叫んでいる── 「我らこそ、日本の未来を拓く者。 みすぼらしく見えるか? ならば、目を凝らせ。 この傷と泥にこそ、本物の勇気が宿っている。」
*『誰か,国書を見かけなかったか!《使節団長》
:難破の際に紛失してしまった国書の代書をサラサラと書き上げた空海の文書を見て、
●その文才に感銘を受けた福州の役人・閻済美が、空海らを正式な国賓(遣唐使)として認めるよう命じました!
- この一件で、空海の語学力と知性が高く評価され、唐の都・長安への道が開かれたのです。 <奇跡➍>
- ⁂長安到着と密教の学び空海は2400kmの陸路を経て長安に到着し、青龍寺の恵果和尚から密教の奥義を授かります。
- 恵果和尚は空海に「遍照金剛」の法号を授け、密教の正統継承者として認めました。
- 空海は曼荼羅、経典、仏具などを持ち帰り、日本密教の礎を築くことになります。1,000人~2,000人ともいわれる優秀な中国人のお弟子さん達の中からの密教伝承者選抜ではなく、恵果和尚様は、日本からの素晴らしく、優秀なリーダーが来るのを待っていましたと、最大の賛辞で迎い入れられました。
:遣唐使船は“密教伝来”の起点でした!
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出港年 | 804年(延暦23年) |
| 船の数 | 4隻(空海は第1船) |
| 航海の結果 | 暴風雨で遭難、福建省に漂着 |
| 空海の役割 | 文書代筆で使節団を救う |
| 到着地 | 長安(現在の西安) |
| 学び | 恵果和尚から密教の伝授 |
| 帰国 | 806年、密教の正統継承者として帰国 |
⁂この壮絶な旅は、空海の精神力・語学力・信仰心が試された瞬間でもありました。まさに「風と波を越えて、真理を求めた旅」で終始、奇跡々の連続の旅でした。 <奇跡➎>
🕉️空海はー密教の第8祖ー

・密教には、師から弟子へと教えを一子相伝で伝える「八祖(はっそ)」という継承の系譜があります。空海はその最後の第8祖として位置づけられています。
・密教の「伝持の八祖」系譜
| 第1祖 | 龍猛菩薩(りゅうみょう) | インドの哲学者・密教の基礎を築く |
| 第2祖 | 龍智菩薩(りゅうち) | 密教理論の発展 |
| 第3祖 | 金剛智三蔵(こんごうち) | 密教を中国に伝える |
| 第4祖 | 不空三蔵(ふくう) | 密教の普及者 |
| 第5祖 | 善無畏三蔵(ぜんむい) | 大日経を翻訳 |
| 第6祖 | 一行阿闍梨(いちぎょう) | 実践的密教の整備 |
| 第7祖 | 恵果阿闍梨(けいか) | 空海の師、青龍寺の高僧 |
| 第8祖 | 弘法大師・空海 | 日本に密教を伝えた人物 |
📜806年ー
- ・空海は唐の青龍寺で恵果和尚から密教の奥義を直接授かり、正式な継承者として認められました。
- ・この儀式を「伝法潅頂」と呼び、仏教界では非常に重要な意味を持ちます。
- ・空海はこの時、「遍照金剛(へんじょうこんごう)」という密教名号を授かりました。
・この継承により、空海は密教の正統な流れを受け継ぐ第8祖となり、日本に真言密教を根づかせる礎を築いたのです。


<奇跡⓺>/

*ホッ❣ お疲れ様でした。このへんで coffee でもいかがでしょうか。
⁂チョット歴史の裏側へご招待!⁂
第16次遣唐使と空海・最澄の航海の真実
延暦23年(804年)、日本から唐へ向けて4隻の遣唐使船が出航しました。空海は第1船、最澄は第2船に乗っていたとされます。
- 第3・第4船は暴風雨により沈没または航行不能となり、死傷者も出たという記録があります。
- 空海の船は約30日間漂流し、唐の福州赤岸鎮に漂着。
- 最澄の船は50日以上漂流し、明州寧波(現在の寧波市)に到着したそうです。
このように、空海と最澄の船だけが唐に到達したというのは事実に基づいています。空海は漂着後、福州の役人に嘆願文を提出し、遣唐使としての正当性を認められました。その文才と精神力が高く評価され、長安への道が開かれたのです。
⁂ 作り話か?という疑念について!
・確かに「密教伝来のための美談」として語られることもありますが、空海の漂流や文書による交渉、そして恵果和尚からの密教伝授は、複数の史料に記録されており、歴史的事実としての裏付けがあります。
それにしても、空海と最澄という後の日本仏教の二大巨星が、同じ遣唐使船団に乗っていたというのは、まさに「仏縁の妙」ですね。嵐を越えて届いた教えが、今も私たちの心を照らしていると思うと…胸が熱くなります。
・『ところで、第16次遣唐使が派遣された延暦23年(804年)の時の天皇は、桓武天皇(かんむてんのう)です。
桓武天皇は、平安京への遷都を行ったことで知られ、政治改革や仏教の整理にも力を入れた人物ですね。』 天皇は日頃より中国・唐の国の役人たちが ”遣唐使にかぎらず、日本人は、体は小柄だし(倭人)、容姿はメチャクチャ(不細工)だし、ひどい人種だなあ!”と堂々と公言していることに、日頃から腹立たしく思っていました。
・そこで、第16次遣唐使からは、スラリ長身で、絶世の美男子だけを選りすぐって選考することとしました。当時の美形男子とは?実写物はもちろんございませんが、漂流後の空海さんの描かれた画を見ると、天皇の”強い心意気”が感じとれましょう! なにしろ(794)平安遷都された、御立派なお方でございます。
・平安京への遷都(794年)それまでの仏教勢力が強かった奈良(平城京)から、政治と宗教の分離を図るために新都・平安京へ遷都しました。
○これは「天皇親政」を実現するための大きな一歩でした。
・律令制度の再整備・!
・中央集権体制の立て直しを図り、地方統治の強化にも取り組みました。
********************************
ー蒙古大軍ー <最強クビライは東ヨーロッパまで制覇!>
⁂特に桓武天皇は軍事力の整備や地方官の監督強化など、後の武士台頭の基盤を築いたとも言われています👉《後の2度に渡る・元寇(15万の蒙古軍団襲来!)に勝利した陰の功績、 "頑強な鎌倉武士”誕生の基礎力でした。》
******************
・蒙古大軍<クビライは東ヨーロッパまで制覇!>
⁂日本への進軍の目的は? 火薬の原料”硫黄”が欲しくて、侵略か‼
*******************
⁂ 空海と"蒙古大襲来"
・二度の戦いで、何故か蒙古軍の艦隊を襲う大暴風が…!!。
蒙古襲来【文永の役(1274年)】
- ○🌊攻撃軍総数:約3万〜4万人○
- モンゴル兵:約8千
- 高麗兵:約7千
- 南宋降兵(捕虜兵):🌊約1.5万〜2万
- 艦船数:約900隻
- 司令官:洪茶丘(こうさきゅう)
- 侵攻経路:
- 高麗・合浦(現韓国釜山付近)を出港
- 対馬 → 壱岐 → 博多湾に上陸
- 対馬・壱岐に上陸時、容赦なく男性を大虐殺、女性を人質に>!)
- <そして戦況:>
- 上陸初日は日本武士団を圧倒するも夜襲・白兵戦で混乱

👉 第一次侵攻は試験的で、迅速な撤退戦に!《元軍》
⁂第8代執権北条時宗は蒙古(元)軍の再来襲に備え、ー① 防塁の築造② 九州地方の警備体制の強化。/ー現在も「元寇防塁」として史跡が残っています。/九州の御家人たちを博多・壱岐・対馬などに常駐させ、防衛軍として組織化しました(異国警固番役)。全国の武士に異国征伐の命(防衛出兵命令)を出して、軍事準備を進めました。
(日本への使者5名の首をハネタ幕府に逆上史上最強の蒙古軍が!)
ー7年後【弘安の役(1281年)】 蒙古大再襲来15万の大雪辱戦に‼ー
- 攻撃軍総数:約14万〜🌊15万人(🌊史上最大規模)
- 東路軍(高麗方面軍) 約4万〜5万
- 江南軍(南宋方面軍) 約10万
- 南宋征服後の中国人水軍主体
- モンゴル・高麗の混成部隊
- 艦船数:約4,000隻 混成部隊: 15万人軍団!
- 総司令官:洪茶丘、范文虎(はんぶんこ)
- 侵攻経路:
- 東路軍:朝鮮半島から対馬海峡経由
- 江南軍:華南から東シナ海を北上し合流予定
- 戦況:
- 🌊博多湾で上陸阻止、防塁と夜襲に苦戦
- 🌊7月末の**台風(神風)**で壊滅。
- 🌊壱岐・対馬沖で多くの船が沈没。
(/またもや、対馬・壱岐に上陸時、容赦なく男性を大虐殺、女性を盾に ‼)
**東アジア史上最大の海上遠征軍が、自然と防衛線の前に敗退❕ ≪また奇跡??≫

🏯 🌊敵軍の実像・
- **兵士の多くが「征服された諸民族」**で、士気に差が大きかった。
- 指揮系統の混乱・連携の遅れが敗北の大きな要因でした。
- 🌊日本の防塁・夜襲・地形戦への不慣れさも大きな敗因です。
⁑🌊それが元寇(げんこう)における日本の勝因であり、敵軍の敗因でもあった!ー
⁂いいえ違います!”日本国” の危機を救ったのは!




⚔️元寇の勝因は鎌倉武士の命を賭した戦いにあり
”🌊・異国十数万の大軍が押し寄せたとき、
日本を護ったのは、名もなき一人一人の武士たちの矢と心だった。” ⁂鎌倉武士(日本一と語られる)⁂ 「神風」は後に吹いた…。
しかし最初に吹いたのは―武士の魂の風である‼🌊
🌊歴史を正確に見ても、勝因の第一は「鎌倉武士の魂の戦い」にあり🌊。
🌊 天は風をもって守り、人は義をもって戦った‼
🌊 ーRYOUSYOUが真っ先に思う勝因の第一位は‼
⇩
”対馬と壱岐の地は、最初の戦の嵐に飲まれた‼”
*蒙古・高麗の兵どもは、村を焼き、男たちを切り捨て、老幼をも斬り、女性達を縛った…。
・捕らえられた者たちは、博多の戦場へ連れ出され、
戦場の最前に、矢面に立たされた!
・敵はその身(女性達)を「盾」にした。
生きた人の胸を、盾としたのだ…。
・矢をつがえる武士たちの手が、音を立てて震えた…。
目の前に立つのは、敵ではない。
同じ国の、同じ海で生まれた娘たちだ…。
彼女らの髪は潮に濡れ、唇は祈りの言葉で動いていた…。
『……すまぬ!』
一人の武士が、声なき声でつぶやいた。
『おまえたちの苦しみ、必ず天に届ける。
いま放つこの矢、我が祈りと思ってくれ…‼』

・風が止まった!
・矢が放たれた!
音は、海に消えた…!

その刹那——
武士も女も、敵も海も、
”すべてが”静まり返った…。
・戦とは何か…。
勇とは何か…。
・人の命とは、いったいどこまで穢されてよいものか?
あの日の浜に残ったのは、
潮騒と、祈りの声だけだった…。
・だがその祈りこそが、この国を護った…!
矢よりも、剣よりも強く…!
「人を思う心」が、風となり…、
やがて15万の元の大軍を悉く打ち砕いたのだ・・・。
・人は、どこまで人であり続けられるのか?
あの日、涙と祈りが天に届いたときー
海は大津波のごとく襲い掛かり、風が怒り狂った…‼・それを、後に人は”神風(かみかぜ)”と呼んだ…。
⁂この国を護ったのは、剣ではない…ー
人知れない祈りであり、熱い思いやりでありー、
ひとすじの涙だった…‼🌊 人を思う心こそ、最も強い“武”である・・・‼
~祈りの国 日本!~
・YOUSYOU の元寇 章
⁂祈りは風となって還る
文永の役、弘安の役。
二度にわたる異国の襲来。
そのたび、海は荒れ、天は裂けた。 海は、すべてを呑み込み、そして沈黙した。
血も涙も、祈りも、ひとつの波に溶けていった。
しかし——天は、その声を聴いていた。
祈りは風となり、風は雲を呼び、
雲は雷鳴を孕み、やがて嵐となった。
誰もが絶望したその夜、
海上を白き稲妻が走り、
轟音とともに、異国の艦をことごとく裂いた。
あれは偶然ではない!
あれは、この国の魂が呼んだ風!—
・神が人の祈りに応えた瞬間であった…。
🌊その時、諸国の不動明王、各地の御影、山寺の御正体、悉く分身して博多に集う‼ 🌊
・文永・弘安の 国難の夜、
・釜鳴りは 法鼓となり、湯気は 結界の雲となった。
・空海の教えは ひとすじの火 として 民の胸 に灯り、
・その火は 不動心 となって 武士の刃を 正した。
・そのとき――
諸国の不動明王、各地の御影、山寺の御正体、悉く分身して博多に集う。
倶利伽羅の剣は恐れを断ち、羂索は乱心を縛り、
怒りの相は慈悲のはたらきとなって、海の荒魂を鎮めた。
武士は斬り結び、民は鍋を炊き、祈る。
三密相応、天地人ひとつに和すとき、
外なる風はただの風、内なる火こそ勝ちを決する。
・神風は後に吹いた。
しかし最初に吹いたのは、不動の火より起こる武士の魂の風である。
・空海弘法大師の道は「この身このまま、仏と相応う」道。
ならば一膳の米も、一本の矢も、ひと声の念誦も、
みな国を護る密厳のはたらきとなる。
今日もまた、我らの胸のうちに不動の火を熾そう。
恐れを断ち、迷いを縛り、慈悲をもって立つために…。
”奇跡ではなかった2度の元寇(国難)天地人による護国!”の章 (了)
**************************************************************
"いいえいいえ、勝因?” 何か忘れていませんか 昨今、大学入試”日本史”に頻繁に出題されてる…。あれですね。確かに。
・それは 1019年に突然 起こったあの、元寇に似たような”事件” です!
🔥刀伊(とい)の入寇—日本を初めて襲った外敵の影ーです🔥
⁂ 西暦1019年、突如、九州北部の空が焼けた!
・“刀伊(とい)”と呼ばれる異民族(女真族というツングース系の遊牧民で、今の朝鮮半島北部あたりから現れた海賊軍)が、
突然、50隻の船団組、壱岐・対馬を襲い、島の村々を全て焼き掃い、島民を虐殺し、拉致し、現九州の大地を血で染めつくした—。壱岐の島守・藤原理忠(まさただ)が兵を率いて迎撃に向かうが全滅!
まさに「日本史上、初めての外敵来襲」である。だが、その侵略を博多で食い止めたのは、中央の貴族ではなく、一人の地方武士・大宰権師(藤原隆家)だった。
藤原隆家は、わずかな兵を率いて応戦し、博多への上陸を食い止め、逆に朝鮮の高麗の領地まで海賊軍を追い返した。 ー命を賭して異国の軍を退けたー…。
この戦いが、のちの「武士の世」の幕開けを告げたとも言われる。-この時、命懸けで戦ったのが関東・東北から九州にやって来ていた武士達だった。ー東国出身の武士達が藤原氏という貴族の指導の下で戦い、外敵を追い出した。ーそして、ここから”貴族”と”武士”が強く結びつき、 また貴族が”武家化”していったのです…。
⁂それからおよそ250年後—
再び海の向こうから襲い来る外敵、「元寇(げんこう)」。
当時、最強軍団であった大モンゴル帝国の大軍が日本を飲み込もうとしたとき、
その背後には、かつての「刀伊の入寇」の記憶が、日本人の魂の奥底に、警鐘のように響いていた <勝因の1つにぜひ❢>
“外敵に屈せぬ国魂”—— それは、刀伊の夜に生まれた。ー
**************************************
⊛ その後、聡明にして偉大なる、桓武天皇は 長岡京建設では藤原種継を重用し、仏教勢力や反対派を政治の中枢から遠ざけました。
⁂これは 仏教が政治に過度に関与していた奈良時代 への反省から来ています。
なぜ?「国家鎮護」の仏教では、民を救えない…!
⁂これは「国家鎮護」から「個人の救済」へと仏教の役割が変化する契機に… ・国を守る仏教 から悩める庶民一人ひとりを救う為の仏教(密教)へ‼
∼寺院の建設制限へ!∼
⁑長岡京では仏教寺院の建立や移転を認めず、宗教の政治介入を防ぎました‼
・新しい仏教(密教)の導入に寛容 ‼
*最澄や空海のような新しい仏教思想(天台宗・真言宗)には理解を示し、彼らの活動を支援しました‼

あア! それで同時 遣唐使団に! (RYOUSYOU.)
🌿空海と遣唐使:なぜ2年で帰国したのか⁉
・平安初期(9世紀) 当時の日本は唐の先進文化を学ぶため、国家事業として「遣唐使」を派遣していました。空海は第16次遣唐使の一員として、804年に唐へ渡ります。
・本来の任務:20年の長期留学 空海は「留学僧」として、20年間の滞在が予定されていました。しかし、彼はわずか2年で帰国します。これは当時の規定に反する行動でした。
・なぜ早期帰国? 空海は唐の密教僧・恵果から密教の奥義を短期間で集中的に授かり、すでに「伝法阿闍梨位(でんぽうあじゃりい)」という最高位の灌頂を受けていました。つまり、学ぶべきことをすべて吸収したと判断したのです!
◎余命わずかな恵果阿闍梨の一言が、空海の帰国を大いに急がせた!
・恵果は自国の近未来に、安史以後の政局不安と学派競合のなかで、宮廷密教の将来に“厚遇と反動”の両刃を読み取り、断絶リスクを避けるために両部の総伝を短期で空海へ付与し、日本という安定的後援を見込める舞台へ法灯を分散させた――この遠望が「空海指名」の核心であった。
・「真言密教の全てを伝授しました…。一日でも早く日本へ帰られて、この密教を広く伝えなさい…!」
🌿命令違反の帰国とその「罰」!
・帰国後の状況(806年) 空海は朝廷の正式な許可を得ずに帰国したため、「命令違反」と見なされました。とはいえ、彼が持ち帰った密教の経典や曼荼羅、法具は非常に貴重で、朝廷も無視できません。
・罰の内容 空海は一時的に「禁足(きんそく)」のような処分を受け、京都の東寺などへの出入りが制限されました。しかし、彼の学識と人格が認められ、後に嵯峨天皇の庇護を受けて東寺を託されるなど、名誉ある地位へと復帰します。
- 「命令違反」=悪ではない:空海の行動は規則に反していたが、目的達成と国益のためだった。
- 「罰」=一時的な制限:空海は処分を受けたが、その後の活躍で信頼を取り戻した。
- 「学びの本質」:空海は形式よりも実質を重視し、必要な知識を得たらすぐに行動した。

・🍃空海・帰国後の三大逸話(おそらく皆様も御存じでしょう…?)
・🍃空海・帰国後の 三大逸話。
① 密教を日本に広める(高雄山寺での教化)
・帰国後、空海は京都の高雄山寺で密教の教えを説き始めました。弟子たちに「三密修行」や「即身成仏」の思想を伝え、日本に真言密教を根づかせる礎を築きました。 逸話の意義:形式よりも“心と行”を重んじる教えが、庶民にも深く浸透していきます。
② 早咲きの桜を咲かせる(祈りの奇跡)
・ある春、嵯峨天皇が「この桜はまだ咲かぬのか」と問うと、空海は静かに祈りを捧げ、桜がその場で咲いたと伝えられています。 逸話の意義:自然と心が通じるという密教的な世界観を象徴する奇跡です。
③ 旱魃を救う雨施法(竜王への祈祷)
・深刻な旱魃(かんばつ)に苦しむ民のため、空海は川辺で竜王に祈りを捧げ、雨を降らせたとされます。 逸話の意義:祈りが自然を動かす力を持つという信仰と、空海の慈悲心が表れています。
⁂これらの逸話は、単なる伝説ではなく、空海が「人々の苦しみに寄り添い、智慧と祈りで救おうとした」姿を映す鏡のようなものです。
「・命はみんな貴い! だから備えることも祈りの一つ‼」
⁂地震対策ー
空海の地震対策ー

ー・地震におびえる平安時代の絵巻物風の画 *ー

・災害の前ぶれのような空。地面が割れ、建物が崩れそうになっている。
・おじいさん、子ども、役人…みんなびっくりして、どうしていいかわからない様子。
・家の中でも安全じゃない。屋根が落ちそうで、女性たちは柱につかまってる。
・そんな中、空海は静かに祈っている。みんなの心を落ち着けようとしているんです。

・空海の姿は、まるで「揺れる時代の中で、心を支える柱」のようです。
・「地は揺れても、心は揺らすな。祈りは、揺れる世界を照らす光となる。」
【害の前ぶれのような空。地面が割れ、建物が崩れそうになて災害の前ぶれのような空。地面が割れ、「この地は、揺れる。だからこそ、私たちは心を整える。」空海の教えは、地震の国に生きる私たちへの贈り物なのかもしれません。だからこそ、私たちは心を整える。空海の教えは、地震の生きる私たちへの贈り物なのかも…⁉

*秘法*
・南海トラフ巨大地震…想定死者29万8千人の地震が、30年以内に80%程度の確率で生じるのを修正。(R7.9.28日本政府)・
⁂ー<天明山不動堂の秘法を公開>…………
⁂身体保全法⁂
(身に迫りくる危機を避ける方法!)
How to avoid a looming crisis!
・・さて、皆さんは動物は天変地異を察知する能力を持つと言われていることはご存知でしょう。
・人間も生き物です。実は私達も“身に迫りくる危機を察する”能力を備えているのです。ぜひ覚えておかれるとよろしいでしょう。(旅先で是非とも活用すると良いでしょう)

⁂月光が穏やかな波と砂浜を銀色に染め、星々が静かに見守るように輝いています…。
まるで時間が止まったような静寂の中、遠くに浮かぶ漁船が物語を秘めているようにも感じられます。
***「身体保全法」****
(「天明山不動堂」に伝授される文献による)******
・この法は古来よりある所なれども、人多く之 を知らず。・「身体保全法」は別に器械を用いるにも非ず。又 薬餌を服するにも非ず。
自身の手を以って、自身の脈度を測り、其平均を得るとことあるを知るものとする。
- 自身の手を以って、自身の脈度を測り、其平均を得るときは無難なることを知り其常度を 失うときは一昼夜間に生命に関することあるを知るものとする。
- その法はー”まず左手を以って左右の奥歯の下にある動脈を外より診するに、その脈拍は指頭に感じて波動を覚ゆべし、然る後、右の手を以って左の手の脈を診し、心静に之を試みるに、左右奥歯の下なる脈と左手の脈と三所の波動平均を得る。・ 之を三脈の大事と謂う。 是れ無事安穏を示すものなり。

←左手を以って左右の奥歯の下にある動脈を外より診するに、その脈拍は指頭に感じて波動を覚ゆべし、然る後、右の手で以って左の手親指下の脈を診して、脈の乱れを検診
・凡そ人身全体の脈は血液の運行に従いて動くものにして、頂より踝(くるぶし)に到るまで緩急あることなし。故に身体に障りなきときは脈は何れも同じ度数の波動を為し、彼れに強く此れに弱きの異状を来たさざるものなり。 若し横死等の変あらんには、第一に脈度に変兆を呈し、脈は自ら運動して、手は手、足は足と殊別の鼓動を起こすが故に、前の三脈を試むるときは奥歯の下と左手の脈とは常度 を違え彼此別々の波動を為すものなり。これ身命をも失うべき大難の前兆たるを知るべし。この兆候は凡そ一昼夜前に現れるものなれば、既に兆候を知らば、速やかに避難の方法を行うべきなり。ーーー
・では、実際に体験されました外科医の実話をご紹介 いたしましょう。

・隠医(いんい) (戦国時代に武士の中から現れた刀傷の治療を専門とする外科医)
《過去における実際にあった事実について紹介いたします≫
<「身体保全法」は別に器械を用いるにも非ず。又薬餌を服するにも非ず。自身の手を以って、自身の脈度を測り、其平均を得るときは無難なることを知り、其常度を 失うときは一昼夜間に生命に関することあるを知るものとす。>
- この法は何れの世(時代に)、何人(誰)の発明に係るか未だ詳らかならずといえども、昔、隠医(いんい)(戦国時代に武士の中から現れた刀傷の治療を専門とする外科医)あり。
- 常に此の法(「身体保全法」)を以って人に授け陰徳(いんとく)(人に知られないように秘かにする善行)を施すことを好みたりと云えば、此の人の発明なるか 或いは他(知人)よりうけたるかは知るに由しなしと雖も、此の医(この医者)の実験する所によれば・・・、
- ・此の医者が以前に旅をして、相模の海浜に一宿し、将に床に就かんとするに先立ち、此の法を試みるに、脈の乱れ有れば、これを怪しみ、お供の従僕達の脈をも診ずる。(調べてみる)に、やはり自分と同様なれば愈々驚き、旅店の主人やその宿の家族等にも脈を調べてもらったら(試みるに)何れも変動甚だしければ、是を容易の事に非ずと思い、窓を開けば、月光昼の如く。ー ・海上波静かにして異変の生ずべきとも 思われず。ー されども、此の方法に誤りなきことを信ずるが故に、急に行李(手荷物)を整えー従僕 と共に旅店を出つ”れば、旅店主人以下も跡より就き従う。 ・村後の山に登ることおよそ四十五町... ここに於いて再び脈を検するに、皆平穏に復せしかば(脈が平常に戻っていたので)、やや安心して休息せしに 、突然 海中忽ち激浪を起こし(海水が大きく盛り上がって)、津波大いに来たりて、海浜の人家を漂はし(あっと言う間に)、 旅店(海岸の旅館)も 亦片影を留めざりし(跡形もなく消え失せてしまった)と。 すなわち此の方法(「身体保全法」を)知っていた)の為めに身命を全うせしに(命拾いをしたと)感じ、その後も爾来益々怠らずして、此の法を行いたりと云 う。―
<追伸:ここで紹介いたしました内容を詳しく検証いたしましたら、江戸時代後期の嘉永7年11月4日(1854年12月23日)に発生した東海地震で、昨今話題になっています“南海トラフ巨大地震”の一つとされました「安政南海地震」とともに“安政地震または安政大地震”と総称されております。この地震は嘉永年間に起きましたが、この天変地異や前年のペリーの黒船来航を期に改元されまして歴史年表上では安政元年であることから上記のように“安政”を冠して呼ばれています。当時は“寅の大変”(トラのたいへん)とも呼ばれました。
(江戸時代には南海トラフ沿いを震源とする巨大地震として、この他に宝永4年(1707年)に宝永地震があります。上記の安政地震はこの「宝永地震の後始末地震」であった可能性が考えられています。147年の周期は南海トラフ沿いの巨大地震としては短い部類であるとの見方もあります。現代は、1854年から172年ほど経過いたしました。近年さかんに話題にされている理由が理解できるでしょう…。)
⁂善男善女の皆さん…! この文中の主人公である、隠医(いんい)(戦国時代に武士の中から現れた刀傷の治療を専門とする外科医)はおそらく自身の発想、発見ではなかったのでは? と思われた方も多いことでしょう。 実は RYOUSYOU まったくの同感でした! ⁂空海:お大師様は、密教(NEW仏教)の実践を通じて「仏と一体となる」ことを目指し、身体・言葉・心の三密を調和させることで、現世利益(げんぜりやく)を得ると説きました。これは、単なる宗教儀礼ではなく、身体の健全性や精神の安定を含む包括的な「保全」の思想とも解釈できるでしょう…。 ー(とすると・・・)ー
*空海がその先駆けであるのでは!
・「身体保全法」という言葉の定義次第では、空海がその先駆けであるという説は正しいかもしれませんね!その言葉に「身体と精神の調和を図る修法」という意味を込めているなら、空海こそがその思想の先駆者と呼ぶにふさわしいかもしれません。 ・この説は、空海の「加持祈祷」がどのように庶民の病や災厄に対応していたか、また例の満濃池の修繕など、【身体と環境の保全】を一体とする思想などに通じていると感じませんか。<中国では現在も空海の偉業については絶賛が絶えません>

・乱世 を 生き抜く力・
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‐般若心経 (玄奘三蔵法師 作)現代語訳‐
🧘♂️空海と『般若心経』ー玄奘三蔵法師作ー
『般若心経(はんにゃしんぎょう)』は、仏教の中でもとても有名なお経で、「すべてのものは空(くう)である」という教えを中心に、苦しみから自由になるための智慧(ちえ)を説いています。
そして、このお経を深く読み解いたのが、真言宗の開祖・空海(くうかい)です。空海は、ただの「短いお経」としてではなく、『般若心経』の中に仏教のすべての教えが凝縮されていると考えました。
🌟空海の見方のポイント
- 1.『般若心経』は悟りのエッセンス。 空海はこのお経を「大般若菩薩の悟りを表す真言(しんごん)」だと考えました。 つまり、仏さまの深い気づきが、短い言葉の中にギュッと詰まっているということです。
- すべての仏教の教えが含まれている。 空海は『般若心経』の中に、 仏教のさまざまな宗派(華厳・天台・法相など)の教えがすべて含まれていると説いています。まるで、たった一枚の紙に、仏教の宇宙が広がっているようなイメージでしょう。
- 「空(くう)」の教えを日常に活かす 。 空海は「空」という考え方を、ただの哲学ではなく、私たちの生き方に役立つ智慧として伝えました。たとえば、「悩みや苦しみも、実体がないからこそ乗り越えられる」といった考え方です…。
・空海は、『般若心経』を通して、「悟りは遠くにあるものではなく、自分の心の中にある」と教えてくれました。皆さんが悩んだり迷ったりするときも、このお経の言葉が、心の中の静けさ、力を思い出させてくれるかもしれません…。
🌿もし、職場や学校で「空」ってなんだろう? と感じたら、空海の言葉を思い出してみてください。「空」は、何もないことではなく、すべてがつながっているということです。それは、友達や家族との関係にも通じる考え方ですね…。
・ここで唐突ですが玄奘三蔵法師<西遊記でお馴染みの>さま登場です! ー玄奘(げんじょう)三蔵法師の奇跡の旅🌿命がけの旅立ち !ー
・玄奘師は13歳で僧侶となり、
・仏教の教えに深く魅了されました。しかし、
・中国に伝わっていた経典には矛盾が多く、「本当の教えを知りたい」と思い、インドへ行く決意をします。 当時、海外渡航は厳しく禁止されていたため、
・彼は密かに国を抜け出すという危険な選択をしました…。
・<A.D 629年 インドへ密かに出国旅立つ>
🌵・玄奘師ゴビ砂漠を一人で越えるー<・孫悟空・猪八戒・沙悟浄・玉龍(三蔵により救われ弟子に)>4人は"物語“には登場…!
・旅の途中、ゴビ砂漠という命を落とす者も多い過酷な地を、水も食料も尽きた状態で一人で横断しました。矢が飛んでくる危険地帯も通り抜け、魑魅魍魎に襲われながらも、仏法のために一歩も引きませんでした。 -(奇跡)ー
🏔 ヒンドゥークシュ山脈を越えてー
・中央アジアを経て、険しいヒンドゥークシュ山脈を越え、ついにインドへ到達。ナーランダー僧院で長年学び、600冊以上の経典を持ち帰るという偉業を成し遂げました。彼が求めていたのは、断片的な漢訳ではなく、原典そのもの。
・📚翻訳という新たな挑戦ー
・帰国後(AD.645年に帰国)は、持ち帰った経典の翻訳に取り組みますが、生涯をかけても3分の1しか訳せなかったほどの膨大な量。それでも彼の訳は非常に正確で、今でも日本の寺院に保存されているものもあります。
・つまり、旅と学びに費やした年月は約16年!
・彼の言葉「仏法のためなら、たとえ道なかばで死んでも後悔はない」は、まるで風に揺れる竹のように、しなやかで強い意志を感じさせます。
・🌸突然玄奘と空海、 そして般若心経 善男善女の心に響く智慧の共有❣
・昔、唐の時代(618〜907年)に、果てしない砂漠を越えてインドへと旅した一人の僧がいました。
・名を玄奘<西遊記のお坊さん>中国・唐代の高僧で、
・『大唐西域記』の著者。没年は664年(唐の高宗の時代)。
・彼はただ「ありがたいお経」を求めたのではなく、真理そのものを探しに行ったのです。
・彼が持ち帰った『般若心経』は、たった262字ほどの短い経典。
・でもその中には、宇宙の深淵と人の心の迷いを照らす光が込められていました…。
・・そして時を経て、空海 <誕生年は774年(宝亀5年)、入定(にゅうじょう=死去)は835年4月22日(承和2年3月21日)というもう一人の偉大な僧が現れます。
・彼はこの『般若心経』を、密教の眼で読み解きました。
空海は言いました──「迷いも悟りも、遠くにあるものではない。すべては自分の心の中にある」と…。
・空海〈幼名:真魚)は玄奘後凡そ 1世紀(110年後)に誕生。
・偉人達のリレ―・バトンタッチの凄まじさを感じるのは私だけでしょうか?
・もし貴方が「自分って何だろう」と悩むなら、般若心経はその問いに静かに寄り添ってくれる。「色即是空、空即是色」──この言葉は、見えるものも見えないものも、すべては変わりゆくものだと教えてくれる。
・だからこそ、今の君の不安も、やがて風のように過ぎ去る…。
・玄奘師は「知ること」の力を信じ、空海師は「感じること」の深さを伝えた。
・二人の教えは、まるで両手のように、貴方の心を包み込む…。
<⁂令和の現代に、量子論が定着。 大宇宙が全て、振動で成り立っていることが立証。その理論が、とうの昔から、般若心経に記されていたとは…! ⁂>
・般若心経は、暗記するものではなく、感じるもの‼ それは、貴方が自分自身を見つける旅の地図。迷ってもいい。 立ち止まってもいい。でも、耳を澄ませば、きっと心の奥から 「空(くう)」の声が聞こえてくる…⁉


・玄奘は生死を分けたゴビ砂漠を必死な形相で歩く、必死に足を進める、インドへの聖なる道なき道を! 一心不乱に‼。

・空海は、讃岐国(現在の香川県)に生まれ、唐で密教を学び、日本に伝えました。高野山や東寺の創建、庶民教育のための大学 「綜藝種智院」設立など、社会事業にも多大な尽力。 また、空海弘法大師さまは 3度改名。⁂ "如空 ” → ” 教海 ” → ” 空海 ”
🍂・玄奘が旅したシルクロードの先に、空海が密教を受け継いだという流れを思うと、時空を超えた仏教の縁が感じられますね…、 まさに奇跡です。
⁂(玄奘と空海)の章 <了>
・お疲れさまでした! よくぞ、この長旅に堪えられましたね。 ご苦労様でした…。
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///空海さまと二人旅 -THE END-///
* <付録: ーRYOUSYOープロフィル /・RYOUSYOU.NET 番外編>

⁂ RYOUSYOU ― 量照 プロフィール
・先代である父・**量心〈全盲の修験道〉**の元で、
・三歳よりその教えに師事ー
・十五歳の折には、
・日本有数の霊峰・越後魚沼・八海山に入り、
・奥之院・八ツ峰岩場にて修行を重ねる。<プロフィール画像・左>
・学問の道においては、
・大学受験期中、東京大学理科三類を志し、
・東京医科大学医学進学科に合格。
・その後、教育の道へ進み、
・公立・私立高等学校・数学指導教員、後、大学講師を歴任。
・高校硬式野球の指導者としては、
・監督就任二年目にして、
・県大会参加107校の頂点を争う決勝戦へ進出(奇跡)。
・教育とは知識を授けることだけではなく、
・人を育て、心を育てることであると学ぶ。
・また、神道大教本局直属神官として神明に奉仕し、
・さらに仏道修行を重ねたのち、
・現在は空海真言密教の伝道・布教に全力を注ぐ。
・幼少より歩み続けてきた
・修行・学問・教育・哲学・神道・密教仏道・量子論――
・その全てを、現代を生きる人々の為の
・「生きる智慧」へと結び直すことを使命としている。
・現在、小さなお堂・天明山不動堂・を拠点に、・
・若者から人生の円熟期を迎えた方々まで、
・世代を超えて心の相談に向き合うとともに、
・HP・Instagramを通じ、
・「弘法大師空海の教えを、令和の時代へ。」
を胸に、日々発信を続けています…。///
・真言密教伝道布教師 量照(RYOUSYOU)―
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⁂・あれ!左手に"神秘 十字線”
・文科省公認の占い師が驚いておられました…。海外からも、“不動明王御朱印″に合わせて、”この神秘十字線”に触れたいと来堂される参拝者が増えてます・・・。
⁂🖐️ 手を見るより、手の使い方を見よ。 ・
・しかし、本当に見るべきは、
・その手が何をしてきたかであろう。 ーRYOUSYOU
・誰かを励ました手。
・祈りを捧げた手。
・涙をぬぐった手。
・そして、
・今日も誰かのために働く手。
・その手こそが、
⁂・何より尊い…!

RYOUSYOU 右手!
・薬指が長いかどうかより、
・その手で何を成したか
・そこに人の 価値を 見る…

ーRYOUSYOU.NETー
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⁂天明山************⁂不動堂
・過去を知り、今を、見つめ、未来へ祈りを託す
・ 心を巡る旅 ―了ー 《長時間お疲れ様でした!》
-RYOUSYOU.NET- 2026.9.26 ーJAPANー

