・天明山不動堂・RYOUSYOU.NET
・PC大画面でぜひご覧ください。
・"説教より 共感・教えより 寄り添い・人生論より心の現場を"
「・「学びは深く、心は広く。」
・『世界中とつながり、隣人とは話せない時代』
・Instgram が 開設2ケ月でフォロワーが 5,200人を 超えました…。
《・当HPは世界中から一日約7,000件のアクセスをいただいております・10/20:現在》
*今日はどんな日?
//令和8年10月23日(金)・壁宿(へきしゅく)//
『知識は増えた。人間は賢くなったか。』
令和8年10月23日、金曜日。
秋は、静かに深まっています。
街路樹は色づき、夕暮れの空には
冬の気配が漂い始めました。
古来、秋は学問や読書に親しむ
季節とされてきました。
現代では、指先一つで世界中の情報を
手に入れることができます。
しかし、情報を知っていることと、
物事を理解していることは違います。
人間についての知識をどれほど持っていても、
目の前の人の悲しみに気づかなければ、
その知識は何のためにあるのでしょう。
知識は頭を満たす。
智慧は人生を照らす。
今日という一日。
※宿曜の吉凶や性質は伝統的な解釈であり、出来事を確定するものではありません。
*空海弘法大師宿曜経よりー
【⁑ 弘法大師空海が伝えた『宿曜経』に学ぶ】――
・―壁宿(へきしゅく)
―学びを深め、人生の土台を築く宿―
・壁宿は、二十八宿の一つです。
伝統的な宿曜では、学問、文章、知識の蓄積
、物事の基盤を整えることなどと結びつけて解釈されます。
今日の心得は、知識を得ることだけで満足しないこと。
学んだことを生活に生かす。
理解したことを人のために役立てる。
そして、自分の考えだけが正しいと
思い込まないことです。
*************************
―【壁宿・今日の心得】―
「・学びは深く、心は広く。」
・どれほど高い知識を持っていても、
・他者を見下す人間になってはなりません。
・学問の目的は、人より偉くなることではなく、
・人間と世界を深く理解することにあるのです。
※宿曜の解釈には伝承や流派による違いがあり、
吉凶が未来を確定するものではありません。
******************
※『宿曜経』からの直接引用ではなく、壁宿を手掛かりとした天明山不動堂の現代的仏教解釈ですー
******************
⁂🔥 不動堂的解釈
*【・今日の宿曜訓 】* ・『壁を壊す勇気も尊い。 しかし、壁に小さな扉を開く勇気もまた尊い。』
・『 え⁉ 』『空海さまが、フランスの高校へ⁉』

・空海ダンス⑥・パリ編!
― パリの若者200人と踊る!空海ダンス⑥ ・パリ編
『・拳を振り上げるより、手を取り合え!』
・怒りの声は、人を分断する。
・喜びの輪は、人の心を結びつける。
「世界を変えたいなら、まず隣の人と心を合わせよ!」 ダンス⑥
・若者達:『見て々、空海さま‼ ダンス修行⁉ 今日も、フランスで汗って! いらっしゃる~!』
🌧️【 あっ! 空海さまが あの若者に暖かい おでんを ごちそうして おられる…⁉ 】

・青年:「お坊さん……どうして、見ず知らずの僕にここまでしてくれるんですか?」:―シリーズ ③ ―

【 あっ! あの泣いておでんを食べてた若者が ‼・・804年第16次遣唐使船上で、猛烈な嵐の中で、空海様を救うために、必死に声を枯らして祈ってる‼~ ! “必死に御恩返しをしているんだ⁉ ” ――シリーズ④― 】

⁂―若者「・空海様を無事に唐の青龍寺へ!」ー《シリーズ⑤―》 空海様『アリガ・・‼』
「・恩返しとは、受けた優しさを、勇気に変えることである。」
―⁂ 季節のことば―
⁂『秋深し、人の情けもまた深し』~~!!
・秋の夕暮れ。
・木々の葉が、静かに色づいています。
・春には若葉を茂らせ、夏には強い日差しを受け止めてきた木々も、やがて葉を落とす季節を迎えます。
…人間の人生もまた、季節を重ねてゆきます。
・若い日の喜び。
・働き盛りの苦労。
・年齢を重ねて初めて分かる、人の優しさ。
・失ったものを数えれば、寂しさが募ることもあります。
・しかし、これまでに受け取った温かな言葉を思い出せば、人生は決して失うことばかりではなかったと気づくことがあります。
・紅葉は散っても、人の情けは散りません。
・誰かから受け取った優しさは、また別の誰かへと受け継がれてゆくのです。
・秋深し。
・人の情けも、また深し ――
―― RYOUSYOU―
ー『おばあさん、秋の紅葉は散っても、人の情けは散りませんぞ…NO.③!』―

*おばあさん:「空海様、こんな高い所でお茶をいただくなんて、
・まるで極楽に来たようですわ!」**⁑
⁂空海様:『・わっはっは! 極楽はまだ早いぞ! 下界にはー、
・ーおばあさんの笑顔を待つ人がおるからのう~!』
🕊 若者向けSNS版‐
・『 強がることが、大人になることじゃない。』
・「大丈夫。」
・本当は大丈夫じゃないのに、
・そう答えてしまうことがある。
・弱さを見せたら、
・誰かに嫌われる気がする。
・でも、覚えていてほしい。
…人間は、いつも強くなくていい。…
・誰かに頼ることも、
立派な勇気の一つだ。・
・助けてと言えることは、弱さではない。
・もう一度歩き出すための、強さだ。
―― RYOUSYOU ―
⁂
・今日心に留めたい言葉
⁂『帰る場所とは』―
・帰る場所とは、建物のことではない。
・ありのままの自分でいられる、心の居場所である!
・RYOUSYOU
******************
・《・あれ!》空海様が ???
《・「祈りとは、人を救う行いである…。」》

⁂被災者:「……何もかも、泥に埋まってしまいました。どこから始めればいいのか……。」
*空海:『まず、この水をひと口。ずっと、気を張っておられたのでしょう?』
⁂被災者:「お坊さまの衣まで、泥だらけにして……。」
*空海:「洗えば落ちます。さあ、次は何を一緒に探しましょう?」
⁂被災者:「……夫の写真を。あの人まで失ってしまう気がして……!」
*空海:「では、そこから始めましょう。どの辺りに置いておられましたか?」・
⁂被災者:「ありがとう。やっと、泣けます…。」
*空海「泣いてよい。涙が乾くのを待たずとも、わしが一緒に探そう!」 空海②‐
" 量照:RYOUSYOU のコーナー”

⁂・老若男女へ ぜひ届けたい メッセージ‼
⁂「量照"の独り言」~⁉
⁂『世界中とつながり、隣人とは話せない時代』
・人類の歴史を振り返れば、現代ほど人間同士が簡単につながれる時代はなかっただろう。
・遠く離れた国の人とも、瞬時に会話ができる。
・翻訳機能を使えば、言葉の壁さえ低くなる。
・人工知能は、膨大な知識を整理し、
・難しい質問にも答えてくれる。
・まことに驚くべき時代である。
*ところが、私は一つの疑問を抱いている。
⁑これほど人間がつながれるようになったのに、
・なぜ孤独に苦しむ人がいるのだろう。
・ある若者は、SNSに何百人もの友人がいるという。
・しかし、深刻な悩みを打ち明けられる相手はいない。
・ある高齢者は、毎日テレビをつけている。
・世界中のニュースを知っている。
・しかし、一日中、誰とも言葉を交わさない日があるという。
・便利さは、確かに人間の生活を豊かにした。
・だが、便利さだけでは、人間の心を満たすことはできない。
・私は、現代社会が抱える問題の一つは、
・「他人に迷惑をかけてはならない」という考えが、・
・時として人間関係を遠ざけてしまうことではないかと思う。
・もちろん、他人への配慮は大切である。
・しかし、誰にも頼らず、誰にも弱さを見せず、
・何もかも一人で解決しようとすることが、
・本当に立派な生き方なのだろうか。
・人間は、生まれた瞬間から誰かの世話になっている。
食べ物も、衣服も、住まいも、
・無数の人々の働きによって支えられている。
・仏教が説く縁起の思想は、
・私たちが独立した存在ではなく、
・さまざまな条件や関係の中で生きていることを教えてくれる。
・それなのに、大人になるにつれて、人は弱さを隠そうとする。
・「助けてほしい。」
・その一言が、なかなか言えない。
・私は思う。
・本当に強い人間とは、決して弱音を吐かない人ではない。
・自分の弱さを認め、それでも生きようとする人である。
また、人を助ける側にも心得が必要だ。
相手が求めてもいないのに、善意を押しつけてはならない。
「あなたのためだから」という言葉が、時には相手を追い詰めることもある。
人間を理解するには、知識だけでは足りない。
想像力が必要である。
そして、相手の沈黙を尊重する心も必要なのだ。
壁宿の今日、私は改めて考える。
人間の心に築かれた壁を、力ずくで壊すことはできない。
むしろ、無理に壊そうとすれば、
・その壁はさらに高くなるかもしれない。
・だからこそ、急がず、責めず、相手の歩幅に合わせて歩く。
・それが慈悲の実践ではないだろうか。
・文明は、国境を越える技術を手に入れた。
しかし、人間の心と心の距離を縮めるには、
・今なお、たった一言の温かな言葉が必要なのである。
・世界を変える大きな技術も尊い。
・しかし、目の前の一人を救う小さな優しさも、
・同じように尊い。
―― RYOUSYOU
―― ・RYOUSYOU ー独り言― (END)
⁂ ⁂ ⁂

⁂

*2026年10月12日に再発生したネパール・チベット大規模・再土石流災害発生!!
・死者・行方不明 の災害が発生しました!
・どうか一人でも多くの命が救われますように。 ー10月15日・現在ー
ー<<・心の相談室・>>ー
*金曜・RYOUSYOUの*心の相談室*
――毎週金曜日 更新――
*一人で悩まないでください…
*人生には、誰にも話せない悩みがあります。
*家族のこと。
*仕事のこと。
*病気のこと。
*人間関係のこと。
・そして、生きる意味。
*どんな小さなことでも構いません。
*一緒に考えましょう一緒に考えてみましょう
・"hudoudou1@outlook.jp"
*「相談することは、弱さではありません。」*
・🕊 心の相談室/NEW -No.16- ⁂金曜日・更新日です。
*皆の心の自由な相談室です・・・。
⁂【金曜・心の相談室】~
・令和8年10月23日(金)ー更新日・
・『妻に離婚を告げられた夜、私は初めて自分の人生が空っぽだったことに気づきました。』
⁂【相談者】62歳・男性・元会社役員⁂
・先生。
・私は今、人生で初めて、どうしてよいのか分からなくなっています。
・先月、三十八年間連れ添った妻から、突然、離婚を切り出されました。
・「あなたと暮らした三十八年間、私はずっと寂しかった。」
・妻は静かに、そう言いました。
・私は耳を疑いました。・
・会社では役員まで務め、家族には経済的な苦労をさせなかったつもりです。
・住宅ローンも完済し、二人の子どもは大学まで卒業させました。
・浮気をしたことも、酒に溺れたこともありません。
・それなのに、なぜ今になって離婚なのでしょうか。
・妻に理由を尋ねると、こう言われました。
・「あなたは一度も、私が何を考え、何に苦しんでいるのか、知ろうとしなかった。」
・さらに、忘れられない言葉を聞かされました。
・「あなたにとって私は、妻ではなく、家の中で働く人間だったのでしょう。」
・私は怒りました。
・三十八年間、家族のために働いてきた人生を、すべて否定されたように感じたからです。
・しかし、妻は泣きませんでした。
・ただ、疲れ切ったような顔で、こう言いました。
・「あなたが怒ることも、もう分かっていました。」
・その言葉を聞いた瞬間、私は何も言えなくなりました。
・子どもたちに相談すると、二人とも妻の気持ちを理解しているようでした。
・息子からは、
・「お父さんは、家にいても、家族の話を聞かなかったよね。」
・と言われました。
・私は、家族のために働いてきたつもりでした。
・しかし、家族は私のいないところで、寂しさを抱えていたのでしょうか。
・最近、夜中に目が覚めます。
・定年後、ようやく妻と旅行でもしようと思っていました。
・ところが、その妻は、もう私と一緒にいたくないと言うのです。
・私は、何のために働いてきたのでしょう。
・三十八年間の人生は、いったい何だったのでしょう。
・先生。
・私は妻を引き留めるべきでしょうか。
*それとも、黙って離婚に応じるべきでしょうかー
????
・【 量照・RYOUSYOU より心をこめて 】~回答:
*『あなたが失いかけているのは、妻だけではありません。』
・お手紙を、何度も読み返しました。
・三十八年間、ご家族の生活を支えるために働いてこられたこと。
・その努力と責任を、私は決して軽く考えません。
・しかし、今日は少し厳しいことを申し上げなければなりません。
・あなたは、ご家族を養ってこられました。
・けれども、ご家族の心を知ろうとしてこられたでしょうか。
/////////////////////////////////////この二つは、同じではありません。
・家族を経済的に支えることは、もちろん大切です。
・しかし、人間は、衣食住が満たされれば、それだけで幸せに
なれるわけではありません。
・話を聞いてほしい。
・苦しいときには気づいてほしい。
・自分の存在を、一人の人間として大切にしてほしい。
・そうした願いは、夫婦であっても、親子であっても、
・決して小さなものではないのです。
・あなたは、奥様の言葉に怒りを覚えたと書いておられます。
・私は、その怒りの奥に、深い悲しみがあるように感じました。
・「自分の人生を否定された。」
・そう感じられたのでしょう。
・しかし、ここで一つ、考えていただきたいことがあります。
・奥様は、あなたの人生を否定されたのでしょうか。
・それとも、ご自分の人生を、これからは大切にしたいと
・訴えておられるのでしょうか?
・この違いは、非常に大きいのです。
・あなたにとって、離婚の申し出は突然だったのでしょう。
・しかし、奥様にとっても突然の決断だったとは限りません。
・三十八年という歳月の中で、幾度となく伝えようとした
・言葉があったのかもしれない。
・もちろん、私は奥様ご本人からお話を伺っておりません。
・したがって、すべての事情を知ったうえで、どちらが正しいと
・判断することはできません。
・ただ、奥様が語られた、
・「あなたが怒ることも、もう分かっていました。」
・この一言は、重く受け止める必要があると思います。
・なぜなら、その言葉には、話し合いを始める前から、相手の反応を恐れ、
・あるいは諦めていた可能性がうかがえるからです。
・ここで、仏教の教えについて考えてみましょう…ー
一、執着と愛情は、同じではありません。
・仏教は、執着を離れることの大切さを説きます。
・しかし、これは愛する人を大切にしてはならないという意味ではありません。
・相手を愛することと、相手を自分の思いどおりにしようとすることは、違うのです。
・奥様に戻ってきてほしい。
・もう一度、二人で暮らしたい。
・その願いは、自然なものです。
けれども、奥様の意思を尊重せず、ただ引き留めようとするならば、
それは愛情というより、自分の不安を解消するための行動に
なってしまうかもしれません。
・愛情とは、相手を所有することではありません。
・相手が何を感じ、何を望んでいるのかを、理解しようとすることです。
・本当に相手を大切に思うなら、自分の望まない答えにも
・耳を傾ける勇気が必要なのです。
二、三十八年間を、失敗だったと決めつけないでください。
・あなたは、
・「何のために働いてきたのか。」
と書いておられます。
・私は、その問いに対して、こう申し上げたい。
・あなたが働いてこられた日々は、決して無意味ではありません。
・お子様を育て、ご家族の暮らしを支え、社会の中で責任を果たしてこられた。
・それは、あなたの人生の確かな一部分です。
・しかし、それが人生のすべてだったわけでもありません。
・仕事での成功が、家庭での幸福を保証するわけではない。
・経済的な責任を果たしたことが、心のすれ違いを帳消しにするわけでもない。
・そのことに、今、気づかれたのでしょう。
・私は、そこに新しい人生への可能性があると思います。
・過去を変えることはできません。
・しかし、過去への向き合い方は、今日から変えることができます。
三、今、奥様に伝えるべき言葉があります。
・私は、あなたに、今すぐ離婚に応じなさいとも、
・何としても引き留めなさいとも申し上げません。
・*人生を左右する重大な決断だからです。
・ただ、一度、奥様にこう伝えてみてはいかがでしょうか。
・「今まで、家族のために働いていれば、それで十分だと思っていた。」
・「けれども、あなたがどんな思いで暮らしてきたのか、
・私は分かっていなかったのかもしれない。」
・「もし話してくれるなら、今度は言い訳をせずに聞きたい。」
・そして、もう一つ。
・「あなたが私と別れる決心をしていることも、軽く扱わない。」
⁂この言葉が大切です。
・ただし、謝罪したからといって、奥様が離婚を思いとどまるとは限りません。
・謝罪は、相手から許しを得るための取引ではないからです。
・奥様が話し合いを望まれない場合には、その意思も尊重してください。
・必要であれば、夫婦関係の専門家や法律の専門家に相談し、
・双方が納得できる形を探ることも大切でしょう!
四、六十二歳。人生は、まだ終わっていません。
・あなたは、今から人間として変われるのかと尋ねておられます。
・私は、変わる可能性は十分にあると思います。
・ただし、それは奥様を取り戻せるという保証ではありません。
・人間が変わるとは、他人の評価を変えることではなく、自分の考え方と行動を
・改めてゆくことだからです。
・これまで、仕事の成果によって自分の価値を確かめてこられたのかもしれません。
・しかし、これからは、違う生き方を学ぶことができます。
・人の話を最後まで聞く。
・感謝を言葉にする。
・自分の非を認める。
・相手の立場から物事を考える。
・簡単なことのようで、実は非常に難しい。
・しかし、こうした小さな行いの積み重ねこそ、人間を変えてゆくのです。
*仏教の修行とは、山中にこもり、厳しい行を重ねることだけではありません。
・日々の暮らしの中で、自分の心を見つめ、言葉と行いを正してゆくことも、
・大切な実践です。
・あなたがこれから歩む人生にも、その道は開かれています。
***――【量照・結びの言葉】――***
*最後に、一つだけ申し上げます。
・あなたは、奥様を失うことを恐れておられます。
・しかし、今、最も大切なのは、奥様を失わない方法を探すことだけではありません。
・奥様が三十八年間、何を失ってきたと感じておられるのか。
・そのことを、初めて真剣に考えることではないでしょうか。
・人生には、取り返せない時間があります。
・しかし、取り返せない時間があるからといって、
・残された時間まで無意味になるわけではありません。
たとえ夫婦として別々の道を歩むことになっても、
・あなたがこれから他者を尊重し、誠実に生きることには、大きな意味があります。
・どうか、ご自身の人生を「空っぽだった」と決めつけないでください。
・今、あなたは、その空白に何を築くべきかを考え始めておられるのです。
・人は、何歳になっても学ぶことができる。
・何歳になっても、自分の過ちに気づくことができる。
・そして、何歳になっても、よりよい人間になろうと歩み始めることができる。
*私は、そう信じています――‼*
【人間は何歳からでも変われる。しかし、相手を自分の思いどおりに変えることはできない!】
⁂ 今日、心に留めたい言葉…
・「家族のために生きたつもりが、家族の心を見失ってはいなかったか。」
・この問いを、今日のあなたに、そして私自身にも向けたいと思います。
ー合掌ー
天明山不動堂
RYOUSYOU・量照 //////// ////////
・ RYOUSYOU <・-No.16- END>
***********************

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~<心の相談室・プラス+ >
ー20歳以下の悩みに答えます 。土曜日更新-
<・10/17 :更新日 >
――― 今回の相談は ・・―――
:――17歳・高校2年生・男子――:
⁂「先生、友達が万引きをしました。僕は見ていたのに、止めませんでした…。」――
・<〈ご相談です!〉>
・先生、僕は卑怯な人間でしょうか⁈
・先週の日曜日、仲のいい友達と買い物に行きました。
・帰り際、彼が小さな商品をポケットに入れたのを見ました。
・僕が驚くと、彼は笑って、
「・大丈夫。こんなの誰も気づかないって。」
と言いました。
・僕は何も言えませんでした。
・帰り道、彼はいつもと変わらず笑っていました。
・でも僕は、ずっと怖かった。
・昨日、その友達からLINEが来ました。
「・お前、絶対に誰にも言うなよ。友達だろ?」
・僕は「分かった」と返信してしまいました。
先生。
・友達を裏切ることと、悪いことを黙っていること。
・どちらが本当の裏切りなのでしょうか?
???
*・RYOUSYOUからのお答え* ー
・【量照からの返答】
君に、まず一つ聞きたい。
「もし、その友達が明日も同じことをしたら、君はどうする?」
今回、君は止められなかった。
怖かったのでしょう。
友達を失いたくなかったのでしょう。
その気持ちは分かります。
しかし――
「怖かった」と「だから何もしなくてよい」は、違います。
そして、もう一つ。
君は、友達を裏切りたくないと言いましたね。
では、考えてごらんなさい。
悪いことを繰り返す友達を、黙って見送ることが、本当の友情でしょうか。
私は、そうは思いません。
友達だからこそ、
「それは駄目だ。」
と言わなければならない時があります。
ただし、君一人で彼を問い詰める必要はありません。
まず、信頼できる先生や保護者に、見たことと自分が返信したことを正直に話してください。
そのうえで、適切な大人の助けを借りて、彼が行為に向き合い、償えるようにすることです。
ここで大切なのは、
「友達を罰すること」と「友達が間違いを正すこと」は、同じではない。
ということです。
君も、彼も、まだ17歳。
・間違いを犯した事実は消えません。
・しかし、その間違いを認め償い、二度と繰り返さない生き方は今日から始められます。
・君が今すべきことは、友情を捨てることではありません。
・友情の意味を、もう一度考え直すことです!
⁂

⁂ー10月23日 壁宿の日。
**量照・結びの言葉ー
・人間は、誰もが心の中に、他人には見せない場所を持っています。
・そこには、悲しみもあれば、後悔もあり、誰にも言えない苦しみが
・隠されていることもあります。
・だからこそ、私たちは他人の人生を簡単に判断してはならないのです。
・今日、あなたが出会う人も、見えない重荷を背負っているかもしれません。
・その人に必要なのは、立派な説教ではなく、ただ一言の温かな言葉かもしれない。
・人を理解するとは、その人の心の扉が開くまで待てることである。
・壁宿の今日。
・皆様の心に、慈悲と智慧の光が静かに差し込みますように。
合掌
・『May your day be meaningful and fulfilling.』
・=『有意義で、心満たされる一日となりますように。』=・
**************
///・日替わり HP・・・・ENDー ///
⁂さあー空海弘法大師と同行二人の旅をご一緒に!
"空海さん⁇ 知りたいですか?”
・ー

⁂ 空海さん(第16次遣唐使第1船) ″けんとうし”、日本史で学んだ…”
*「空海」は Kūkai と表記されます。尊称を含めると「Kōbō Daishi(弘法大師)」とも呼ばれます。彼は平安時代の僧侶で、真言宗の開祖として知られています。中国で密教を学び、それを日本に持ち帰って広めた人物です。彼の書道の才能も高く評価されていて、「三筆(さんぴつ)」の一人としても有名です。<嵯峨天皇・空海・橘逸勢(従五位下・但馬権守役人)>
【信仰心がなければ安心して生きていけない時代とか──だからこそ、あなたに伝えたい。千二百余年の智慧を。】
🌿自然とともに生きるということ
⁂私たちのまわりに広がる自然―― 空、海、山、風、雨。 それは人間の力ではどうにもならない、大きな存在です。
・たとえば、大雨や雷、嵐や津波。 どんなに科学が進んでも、自然の力を完全にコントロールすることはできません。
・じゃあ、そんな自然に対して、私たちはどう向き合えばいいのでしょう? 力でねじ伏せようとするのか、それとも、自然と上手につき合っていく道を選ぶのか。
日本の昔の人たちは、後者を選びました。 なぜなら、自然はときに厳しく、すべてを奪ってしまうこともあるけれど、 同時に、命を育み、恵みを与えてくれる存在でもあるからです。
・はるか昔、大和の時代から、 私たち日本人は、自然とともに、カミとともに生きてきた―― そんなことが、古い書物にもたくさん記されています。 ・心のよりどころを、いま ここに…。

・空海の教えは、千二百余年前から人々の心を照らし続けてきました。
・未来を生きる(心身ともに)若い貴方にも─不安を希望に変える力がきっと見つかります。
"A Place for Your Heart, Here and Now."
The wisdom of Kūkai has guided people for over 1,200 years.
Even in our uncertain times, it can give you strength and hope for tomorrow.
⁂「昭和の温もりを胸に、平成の息吹を感じながら、真言密教の光を次の世代と世界へ届けます。
(ryousyou.net)

<平安時代絵巻物 :ー 教科書にはない真実‼>
・背景:炎に包まれた京の町並み。煙が空を覆い、建物が崩れ落ちる様子が描かれています。 <平安時代: 京の都は、大火・旋風・大地震・干ばつ・突然の福原遷都 5大災害によりまるで生き地獄の状態でした。> -方丈記:鴨長明(かもの ちょうめい)-に記載
・地獄の世にあって、なお問う…
・人の「幸せ」とは何か?
・幸せとは、環境の安穏ではない。
・心の在り方である。戦乱があろうと、災禍があろうと、時代が荒れ狂おうと、
・人の内なる灯は消えない不動の心こそが、乱世を生き抜く力となる!
・炎は、破壊の象徴ではない ー
・迷いを焼き尽くす智慧である!
・その炎を、
・自らの内に見出すとき、
・人は初めて「幸せ」に触れる・・!
< 平安絵巻 >
⁂「心を照らす言葉が、ここにある…。」⁂
・空海の教えは、千二百余年を超えて、
・迷いや不安を生きる人々の心を支えてきた。 ・その智慧 は今を生きる若者 にも。
・明日を ひらく力を 与えてくれる…。
<空海:774~835年>
"心を照らすメンタル師” = 空海の魂の教え!
”全ての生き物は仏性をもち全ての人間は貴賤にかかわらず平等で貴い”
(空海)
"All living beings possess Buddha-nature, and all humans are equally noble regardless of social status." ( Kūkai )
*何故、この現代に空海の教え?
🌌宇宙の果てからカミのもとへ。

・🌌 宇宙の果てを探し続けた人類は、
最後に自らの心の奥へ辿り着く。
・そこにこそ、
神仏の灯火があるのかもしれない‼
・
⁂最先端の科学を駆使して宇宙を旅する飛行士たちが、 この地球に帰ってきて、真言密教に帰依する―。
それは、「人間の知恵がどれほど進んでも、 自然の力、宇宙の真理には、ひれ伏すしかない」 ということを、彼ら自身が体感した証なのかもしれません。
真言密教は、大自然そのものを「カミ」として敬い、 その力とともに生きる道を示してくれる教え。
奈良時代の仏教が国を守り、庶民の苦しみに寄り添ったように、 空海が開いた真言宗は、平安の時代に人々の心を照らしました。
・そして―
お大師様、弘法大師・空海が高野山に真言密教の根本道場を開いてから、1250年以上。 その教えは、今もなお、魂を揺さぶる。
色褪せるどころか、時代を超えて、ますます輝きを増している。
・宇宙の果てを見た者が、最後にたどり着くのは、 この星の奥深くに息づく「カミ」の教えなのかもしれない…。



・子どもたちの笑顔は花のように地に春を満たし、学ぶ声は梵音のごとく天心に響く…。

⁑泣いてもいいよ 立てばいい , 夢を信じて 進めばいい 風にまけずに咲く花に なっておくれと願うだけ….
・遠く離れていても なお 君の笑顔が光になる 。この手のぬくもり忘れずに 明日を照らして生きてゆけ 無限の願いを込めて

・『自分を信じる』 即身成仏の現代的解釈
・つながりを大切にする (縁起・大悲の心)
・『未来を切り開く』(三密修行の実践を現代化)”空海の他の教えについても教えてください
・もちろんです!・空海(弘法大師)は、真言宗の開祖として知られ、仏教の教えを日本文化に深く根づかせた偉人です。 👇彼の教えは、単なる宗教的な戒律にとどまらず人生の智慧や心の在り方にまで及びます。 ここでは、若者にも響くような空海の代表的な教えをやさしく紹介します.

⁂ 空海の「十善戒」をやさしく言うと…
*「日々の心がけとして、どうぞお役立てください」
<チビッ子→120歳・日本国100歳以上10万人!>


*空海は、これらの教えを通して「自分の心を整えることが、世界をよくする第一歩だよ」と伝えています。ルールというより、“心のトレーニング”と思ってもらえるといいでしょう…。
⁑弘法大師空海さまの説かれる密教の教えは、決して最初から楽しいとはいえません…。
・けれど、その一歩先、手を伸ばせば届きそうなところに
自分の人生を照らす “深い智慧の珠(たま)” が 静かに輝いていることを・・・。
・迷いや悩みを抱える若い人にこそ知っておいてほしいのです…。⁑
・難しい…わからない…。
・それでも心のどこかがふっと温かくなる──
・その感覚こそが、あらゆる学びと成長の出発点なのですから…。
* 真言(しんごん)
- ・【真言は宇宙と人とを結ぶ響き】=
- ・世の中がどんなに進化いたしましても、天然・自然の神巧威力にはけっして勝てません。
- 人がどんなに賢明であっても、宇宙の神秘を詳らかにし、未然を察知することは不可能でございます。
- ヒトに智恵の別はあれども、天地の大きさ・偉大さより之を見れば、いずれも五十歩百歩の差にすぎません。
- されば賢者と雖も誇るに足らず、愚者亦恐れるに及ばず、
- まさに智者必ずしも智ならず、愚もまた愚ならず、 でございます。
- また視点を変えて見ますと、「人がいかに小なり、愚なりと雖も、宇宙を学び、天地を解明し、未然を察しうる」こともできましょう。
⁂ ~大日如来~ ⁂
・"仏様”とはお釈迦様でなく大日如来様”のことです~
⁂お釈迦様は”大日如来”が姿を変えられた存在です⁂
⁂ 誰もが知ってる“不動明王”もまた”大日如来様”が姿を変えられた存在…
⁂宇宙の中心にある“意識…”—を、
・仏を大日如来と呼び、・神として天之御中主と呼んだ。
『名は違えど、光はひとつだ』
⁂大宇宙は名を持たない 仏教ではそれを“大日”と呼び、 神道では“天の御中”と呼ぶ。
・どちらも、君の魂を目覚めさせるための同意語なのです。
・大日如来=天之御中主神・
・dainitinyorai = ・あめのみなかぬしのかみ
⁂光明真言
・光明真言は、密教の中心仏・大日如来に捧げる特別な真言で、心身の浄化や災い除け、開運などに広く用いられています…。
⁂『オン アボキャ ベイロシャノウ マカボダラ マニ ハンドマ ジンバラ ハラバリタヤ ウン』
・これはサンスクリット語の音をそのまま唱える 「マントラ(真言)」で、音そのものに力があるとされます。
⁂ イメージで理解しましょう!
・光明真言は、言葉の意味よりも「響き」に力があるとされますが現代的なイメージで解釈するとー
✨ご利益.
- 心身の浄化
- 災難除け・厄除け
- 病気平癒・健康祈願
- 先祖供養・冥福祈願
- 精神安定・開運招福
・唱え方のポイント
・一心に唱えることが大切(意味よりも集中)光明真言は、まるで“心のシャワー”のように、内側を清めてくれる祈りの言葉です。初心者でも気軽に始められる真言なので、日々の心のケアにもぴったりですよ。是非毎朝、東の太陽に向かい静かにお唱えしてください。そして様々な"不思議”を体感されてください。 ーRYOUSYOUー
⁑阿字の子が阿字の故郷立ち出でて、また立ち帰る、 阿字の故郷。
⁂ 私達、皆が”同じ故郷”だったんですね…! ⁂
*平安時代に、 KYOUTO に5大災害!



****************************************************************************

*【優雅と絶望が同居する、それが平安の京都だった。】
・「平安京は、生きながら地獄を歩く町だった!」 ~【五重の地獄‼】~
・【千年の都は、五つの地獄に呑まれていた‼】 資料:鴨長明-“方丈記”<日本3大随筆>

・見よ、この苦界を!
・この人々を、救いから遠ざけてはならぬ!
・仏は天上にあらず、衆生の涙の中にあるのだ…。≪人々を、庶民を救うNEW仏教を、 1日も早く "密教" を日本へ!≫
⁂空海と遣唐使船ー
ー<・命を懸けた密教への旅・>ー
⁂ 第16次 遣唐使節団 (804年)
・奇跡の航海‐空海が動いた!
- ⁂ 空海が渡唐したのは延暦23年(804年)、第16次遣唐使節団の一員として(密教を日本に!)
- ・当初、空海(第一船)は正式な遣唐使メンバーではなく、追加募集で留学僧として特例参加しました。 -奇跡➊-
- ⁂ 同じ船団には、天台宗の開祖・最澄(第2船)-奇跡➋- 後の日本仏教を担う二人が同時に渡唐した奇跡的な旅でした!
⁑航海の困難:遭難と漂着‼


//・西暦804年。//
― 遣唐船、 第1船で若き空海は -
命を懸けて海へ出た !
【4隻で使節団を構成】・最澄、は 第2船。
*その目的はただ一つ
*「真理を日本へ持ち帰ること…。」
・しかし―― 海は牙をむいた ‼
・暴風!
・雷鳴!
・船体は裂けんばかりに揺れる…
・誰もが死を覚悟した。 その時、
・一人の僧が立ち上がった
・恐怖の中で、
・彼は叫ばなかった。
・祈った! 嵐が、割れた…。
・怒涛は静まり、
・船は奇跡的に進路を保った。
・生き残ったのは―― 【第2船難破・第3、4船沈没!】
・偶然か、必然か…! あの嵐がなければ、
・密教は日本に届かなかった.<奇跡❸>
・「命を懸けた留学!」 現代との対比で訴える!
1.【・当時の留学先は中国(唐の時代)。飛行機で数時間の留学とは違う。彼らは粗末な木造船で羅針盤もない海を渡った。嵐に巻き込まれ、海賊に襲われ、帰れない者も出た。それでも、未来の日本のためにと、志を高くして旅立った。】
2. 「651人の小学校」─ 規模感で想像力を刺激したい!・【最大で651人。小学校ひとつ分の人々が、命を懸けて海を渡った。その中には、僧侶、医師、学生、通訳…まるで知の船団だった。】
3.帰れなかった者たち ─阿倍仲麻呂の詩で心を揺さぶりましょう
・“天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも。” 。 ー阿倍仲麻呂ー
*唐で出世した阿倍仲麻呂が詠んだ望郷の歌。・彼は帰国を試みるも果たせず、異国で生涯を終えた。】
4. 「空海の漂着と筆の力」─ ・知識が命を救った瞬間!
【・空海の船は漂流し、海賊と疑われた。だが、彼の書の技が人々を驚かせ、命を救った。知識は武器だった】
・⁂第16次遣唐使船の第一船難民(30余日を水のみで奇跡的に生存!)
ー画:空海ー

・「この姿こそ、誇りの証・・・。」
・34日間、波に揉まれ、星に導かれ、命を削ってたどり着いた異国の浜。 衣は裂け、肌は焼け、言葉も通じぬ地に、彼らは立った。 その姿は、敗者ではない。 それは、知と志を背負った者の、誇りの形だ。 彼らは叫んでいる── 「我らこそ、日本の未来を拓く者。 みすぼらしく見えるか? ならば、目を凝らせ。 この傷と泥にこそ、本物の勇気が宿っている。」
*『誰か,国書を見かけなかったか!《使節団長》
:難破の際に紛失してしまった国書の代書をサラサラと書き上げた空海の文書を見て、
●その文才に感銘を受けた福州の役人・閻済美が、空海らを正式な国賓(遣唐使)として認めるよう命じました!
- この一件で、空海の語学力と知性が高く評価され、唐の都・長安への道が開かれたのです。 <奇跡➍>
- ⁂長安到着と密教の学び空海は2400kmの陸路を経て長安に到着し、青龍寺の恵果和尚から密教の奥義を授かります。
- 恵果和尚は空海に「遍照金剛」の法号を授け、密教の正統継承者として認めました。
- 空海は曼荼羅、経典、仏具などを持ち帰り、日本密教の礎を築くことになります。1,000人~2,000人ともいわれる優秀な中国人のお弟子さん達の中からの密教伝承者選抜ではなく、恵果和尚様は、日本からの素晴らしく、優秀なリーダーが来るのを待っていましたと、最大の賛辞で迎い入れられました。
:遣唐使船は“密教伝来”の起点でした!
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出港年 | 804年(延暦23年) |
| 船の数 | 4隻(空海は第1船) |
| 航海の結果 | 暴風雨で遭難、福建省に漂着 |
| 空海の役割 | 文書代筆で使節団を救う |
| 到着地 | 長安(現在の西安) |
| 学び | 恵果和尚から密教の伝授 |
| 帰国 | 806年、密教の正統継承者として帰国 |
⁂この壮絶な旅は、空海の精神力・語学力・信仰心が試された瞬間でもありました。まさに「風と波を越えて、真理を求めた旅」で終始、奇跡々の連続の旅でした。 <奇跡➎>
🕉️空海はー密教の第8祖ー

・密教には、師から弟子へと教えを一子相伝で伝える「八祖(はっそ)」という継承の系譜があります。空海はその最後の第8祖として位置づけられています。
・密教の「伝持の八祖」系譜
| 第1祖 | 龍猛菩薩(りゅうみょう) | インドの哲学者・密教の基礎を築く |
| 第2祖 | 龍智菩薩(りゅうち) | 密教理論の発展 |
| 第3祖 | 金剛智三蔵(こんごうち) | 密教を中国に伝える |
| 第4祖 | 不空三蔵(ふくう) | 密教の普及者 |
| 第5祖 | 善無畏三蔵(ぜんむい) | 大日経を翻訳 |
| 第6祖 | 一行阿闍梨(いちぎょう) | 実践的密教の整備 |
| 第7祖 | 恵果阿闍梨(けいか) | 空海の師、青龍寺の高僧 |
| 第8祖 | 弘法大師・空海 | 日本に密教を伝えた人物 |
📜806年ー
- ・空海は唐の青龍寺で恵果和尚から密教の奥義を直接授かり、正式な継承者として認められました。
- ・この儀式を「伝法潅頂」と呼び、仏教界では非常に重要な意味を持ちます。
- ・空海はこの時、「遍照金剛(へんじょうこんごう)」という密教名号を授かりました。
・この継承により、空海は密教の正統な流れを受け継ぐ第8祖となり、日本に真言密教を根づかせる礎を築いたのです。


<奇跡⓺>/

*ホッ❣ お疲れ様でした。このへんで coffee でもいかがでしょうか。
⁂チョット歴史の裏側へご招待!⁂
第16次遣唐使と空海・最澄の航海の真実
延暦23年(804年)、日本から唐へ向けて4隻の遣唐使船が出航しました。空海は第1船、最澄は第2船に乗っていたとされます。
- 第3・第4船は暴風雨により沈没または航行不能となり、死傷者も出たという記録があります。
- 空海の船は約30日間漂流し、唐の福州赤岸鎮に漂着。
- 最澄の船は50日以上漂流し、明州寧波(現在の寧波市)に到着したそうです。
このように、空海と最澄の船だけが唐に到達したというのは事実に基づいています。空海は漂着後、福州の役人に嘆願文を提出し、遣唐使としての正当性を認められました。その文才と精神力が高く評価され、長安への道が開かれたのです。
⁂ 作り話か?という疑念について!
・確かに「密教伝来のための美談」として語られることもありますが、空海の漂流や文書による交渉、そして恵果和尚からの密教伝授は、複数の史料に記録されており、歴史的事実としての裏付けがあります。
それにしても、空海と最澄という後の日本仏教の二大巨星が、同じ遣唐使船団に乗っていたというのは、まさに「仏縁の妙」ですね。嵐を越えて届いた教えが、今も私たちの心を照らしていると思うと…胸が熱くなります。
・『ところで、第16次遣唐使が派遣された延暦23年(804年)の時の天皇は、桓武天皇(かんむてんのう)です。
桓武天皇は、平安京への遷都を行ったことで知られ、政治改革や仏教の整理にも力を入れた人物ですね。』 天皇は日頃より中国・唐の国の役人たちが ”遣唐使にかぎらず、日本人は、体は小柄だし(倭人)、容姿はメチャクチャ(不細工)だし、ひどい人種だなあ!”と堂々と公言していることに、日頃から腹立たしく思っていました。
・そこで、第16次遣唐使からは、スラリ長身で、絶世の美男子だけを選りすぐって選考することとしました。当時の美形男子とは?実写物はもちろんございませんが、漂流後の空海さんの描かれた画を見ると、天皇の”強い心意気”が感じとれましょう! なにしろ(794)平安遷都された、御立派なお方でございます。
・平安京への遷都(794年)それまでの仏教勢力が強かった奈良(平城京)から、政治と宗教の分離を図るために新都・平安京へ遷都しました。
○これは「天皇親政」を実現するための大きな一歩でした。
・律令制度の再整備・!
・中央集権体制の立て直しを図り、地方統治の強化にも取り組みました。
********************************
ー蒙古大軍ー <最強クビライは東ヨーロッパまで制覇!>
⁂特に桓武天皇は軍事力の整備や地方官の監督強化など、後の武士台頭の基盤を築いたとも言われています👉《後の2度に渡る・元寇(15万の蒙古軍団襲来!)に勝利した陰の功績、 "頑強な鎌倉武士”誕生の基礎力でした。》
******************
・蒙古大軍<クビライは東ヨーロッパまで制覇!>
⁂日本への進軍の目的は? 火薬の原料”硫黄”が欲しくて、侵略か‼
*******************
⁂ 空海と"蒙古大襲来"
・二度の戦いで、何故か蒙古軍の艦隊を襲う大暴風が…!!。
蒙古襲来【文永の役(1274年)】
- ○🌊攻撃軍総数:約3万〜4万人○
- モンゴル兵:約8千
- 高麗兵:約7千
- 南宋降兵(捕虜兵):🌊約1.5万〜2万
- 艦船数:約900隻
- 司令官:洪茶丘(こうさきゅう)
- 侵攻経路:
- 高麗・合浦(現韓国釜山付近)を出港
- 対馬 → 壱岐 → 博多湾に上陸
- 対馬・壱岐に上陸時、容赦なく男性を大虐殺、女性を人質に>!)
- <そして戦況:>
- 上陸初日は日本武士団を圧倒するも夜襲・白兵戦で混乱

👉 第一次侵攻は試験的で、迅速な撤退戦に!《元軍》
⁂第8代執権北条時宗は蒙古(元)軍の再来襲に備え、ー① 防塁の築造② 九州地方の警備体制の強化。/ー現在も「元寇防塁」として史跡が残っています。/九州の御家人たちを博多・壱岐・対馬などに常駐させ、防衛軍として組織化しました(異国警固番役)。全国の武士に異国征伐の命(防衛出兵命令)を出して、軍事準備を進めました。
(日本への使者5名の首をハネタ幕府に逆上史上最強の蒙古軍が!)
ー7年後【弘安の役(1281年)】 蒙古大再襲来15万の大雪辱戦に‼ー
- 攻撃軍総数:約14万〜🌊15万人(🌊史上最大規模)
- 東路軍(高麗方面軍) 約4万〜5万
- 江南軍(南宋方面軍) 約10万
- 南宋征服後の中国人水軍主体
- モンゴル・高麗の混成部隊
- 艦船数:約4,000隻 混成部隊: 15万人軍団!
- 総司令官:洪茶丘、范文虎(はんぶんこ)
- 侵攻経路:
- 東路軍:朝鮮半島から対馬海峡経由
- 江南軍:華南から東シナ海を北上し合流予定
- 戦況:
- 🌊博多湾で上陸阻止、防塁と夜襲に苦戦
- 🌊7月末の**台風(神風)**で壊滅。
- 🌊壱岐・対馬沖で多くの船が沈没。
(/またもや、対馬・壱岐に上陸時、容赦なく男性を大虐殺、女性を盾に ‼)
**東アジア史上最大の海上遠征軍が、自然と防衛線の前に敗退❕ ≪また奇跡??≫

🏯 🌊敵軍の実像・
- **兵士の多くが「征服された諸民族」**で、士気に差が大きかった。
- 指揮系統の混乱・連携の遅れが敗北の大きな要因でした。
- 🌊日本の防塁・夜襲・地形戦への不慣れさも大きな敗因です。
⁑🌊それが元寇(げんこう)における日本の勝因であり、敵軍の敗因でもあった!ー
⁂いいえ違います!”日本国” の危機を救ったのは!




⚔️元寇の勝因は鎌倉武士の命を賭した戦いにあり
”🌊・異国十数万の大軍が押し寄せたとき、
日本を護ったのは、名もなき一人一人の武士たちの矢と心だった。” ⁂鎌倉武士(日本一と語られる)⁂ 「神風」は後に吹いた…。
しかし最初に吹いたのは―武士の魂の風である‼🌊
🌊歴史を正確に見ても、勝因の第一は「鎌倉武士の魂の戦い」にあり🌊。
🌊 天は風をもって守り、人は義をもって戦った‼
🌊 ーRYOUSYOUが真っ先に思う勝因の第一位は‼
⇩
”対馬と壱岐の地は、最初の戦の嵐に飲まれた‼”
*蒙古・高麗の兵どもは、村を焼き、男たちを切り捨て、老幼をも斬り、女性達を縛った…。
・捕らえられた者たちは、博多の戦場へ連れ出され、
戦場の最前に、矢面に立たされた!
・敵はその身(女性達)を「盾」にした。
生きた人の胸を、盾としたのだ…。
・矢をつがえる武士たちの手が、音を立てて震えた…。
目の前に立つのは、敵ではない。
同じ国の、同じ海で生まれた娘たちだ…。
彼女らの髪は潮に濡れ、唇は祈りの言葉で動いていた…。
『……すまぬ!』
一人の武士が、声なき声でつぶやいた。
『おまえたちの苦しみ、必ず天に届ける。
いま放つこの矢、我が祈りと思ってくれ…‼』

・風が止まった!
・矢が放たれた!
音は、海に消えた…!

その刹那——
武士も女も、敵も海も、
”すべてが”静まり返った…。
・戦とは何か…。
勇とは何か…。
・人の命とは、いったいどこまで穢されてよいものか?
あの日の浜に残ったのは、
潮騒と、祈りの声だけだった…。
・だがその祈りこそが、この国を護った…!
矢よりも、剣よりも強く…!
「人を思う心」が、風となり…、
やがて15万の元の大軍を悉く打ち砕いたのだ・・・。
・人は、どこまで人であり続けられるのか?
あの日、涙と祈りが天に届いたときー
海は大津波のごとく襲い掛かり、風が怒り狂った…‼・それを、後に人は”神風(かみかぜ)”と呼んだ…。
⁂この国を護ったのは、剣ではない…ー
人知れない祈りであり、熱い思いやりでありー、
ひとすじの涙だった…‼🌊 人を思う心こそ、最も強い“武”である・・・‼
~祈りの国 日本!~
・YOUSYOU の元寇 章
⁂祈りは風となって還る
文永の役、弘安の役。
二度にわたる異国の襲来。
そのたび、海は荒れ、天は裂けた。 海は、すべてを呑み込み、そして沈黙した。
血も涙も、祈りも、ひとつの波に溶けていった。
しかし——天は、その声を聴いていた。
祈りは風となり、風は雲を呼び、
雲は雷鳴を孕み、やがて嵐となった。
誰もが絶望したその夜、
海上を白き稲妻が走り、
轟音とともに、異国の艦をことごとく裂いた。
あれは偶然ではない!
あれは、この国の魂が呼んだ風!—
・神が人の祈りに応えた瞬間であった…。
🌊その時、諸国の不動明王、各地の御影、山寺の御正体、悉く分身して博多に集う‼ 🌊
・文永・弘安の 国難の夜、
・釜鳴りは 法鼓となり、湯気は 結界の雲となった。
・空海の教えは ひとすじの火 として 民の胸 に灯り、
・その火は 不動心 となって 武士の刃を 正した。
・そのとき――
諸国の不動明王、各地の御影、山寺の御正体、悉く分身して博多に集う。
倶利伽羅の剣は恐れを断ち、羂索は乱心を縛り、
怒りの相は慈悲のはたらきとなって、海の荒魂を鎮めた。
武士は斬り結び、民は鍋を炊き、祈る。
三密相応、天地人ひとつに和すとき、
外なる風はただの風、内なる火こそ勝ちを決する。
・神風は後に吹いた。
しかし最初に吹いたのは、不動の火より起こる武士の魂の風である。
・空海弘法大師の道は「この身このまま、仏と相応う」道。
ならば一膳の米も、一本の矢も、ひと声の念誦も、
みな国を護る密厳のはたらきとなる。
今日もまた、我らの胸のうちに不動の火を熾そう。
恐れを断ち、迷いを縛り、慈悲をもって立つために…。
”奇跡ではなかった2度の元寇(国難)天地人による護国!”の章 (了)
**************************************************************
"いいえいいえ、勝因?” 何か忘れていませんか 昨今、大学入試”日本史”に頻繁に出題されてる…。あれですね。確かに。
・それは 1019年に突然 起こったあの、元寇に似たような”事件” です!
🔥刀伊(とい)の入寇—日本を初めて襲った外敵の影ーです🔥
⁂ 西暦1019年、突如、九州北部の空が焼けた!
・“刀伊(とい)”と呼ばれる異民族(女真族というツングース系の遊牧民で、今の朝鮮半島北部あたりから現れた海賊軍)が、
突然、50隻の船団組、壱岐・対馬を襲い、島の村々を全て焼き掃い、島民を虐殺し、拉致し、現九州の大地を血で染めつくした—。壱岐の島守・藤原理忠(まさただ)が兵を率いて迎撃に向かうが全滅!
まさに「日本史上、初めての外敵来襲」である。だが、その侵略を博多で食い止めたのは、中央の貴族ではなく、一人の地方武士・大宰権師(藤原隆家)だった。
藤原隆家は、わずかな兵を率いて応戦し、博多への上陸を食い止め、逆に朝鮮の高麗の領地まで海賊軍を追い返した。 ー命を賭して異国の軍を退けたー…。
この戦いが、のちの「武士の世」の幕開けを告げたとも言われる。-この時、命懸けで戦ったのが関東・東北から九州にやって来ていた武士達だった。ー東国出身の武士達が藤原氏という貴族の指導の下で戦い、外敵を追い出した。ーそして、ここから”貴族”と”武士”が強く結びつき、 また貴族が”武家化”していったのです…。
⁂それからおよそ250年後—
再び海の向こうから襲い来る外敵、「元寇(げんこう)」。
当時、最強軍団であった大モンゴル帝国の大軍が日本を飲み込もうとしたとき、
その背後には、かつての「刀伊の入寇」の記憶が、日本人の魂の奥底に、警鐘のように響いていた <勝因の1つにぜひ❢>
“外敵に屈せぬ国魂”—— それは、刀伊の夜に生まれた。ー
**************************************
⊛ その後、聡明にして偉大なる、桓武天皇は 長岡京建設では藤原種継を重用し、仏教勢力や反対派を政治の中枢から遠ざけました。
⁂これは 仏教が政治に過度に関与していた奈良時代 への反省から来ています。
なぜ?「国家鎮護」の仏教では、民を救えない…!
⁂これは「国家鎮護」から「個人の救済」へと仏教の役割が変化する契機に… ・国を守る仏教 から悩める庶民一人ひとりを救う為の仏教(密教)へ‼
∼寺院の建設制限へ!∼
⁑長岡京では仏教寺院の建立や移転を認めず、宗教の政治介入を防ぎました‼
・新しい仏教(密教)の導入に寛容 ‼
*最澄や空海のような新しい仏教思想(天台宗・真言宗)には理解を示し、彼らの活動を支援しました‼

あア! それで同時 遣唐使団に! (RYOUSYOU.)
🌿空海と遣唐使:なぜ2年で帰国したのか⁉
・平安初期(9世紀) 当時の日本は唐の先進文化を学ぶため、国家事業として「遣唐使」を派遣していました。空海は第16次遣唐使の一員として、804年に唐へ渡ります。
・本来の任務:20年の長期留学 空海は「留学僧」として、20年間の滞在が予定されていました。しかし、彼はわずか2年で帰国します。これは当時の規定に反する行動でした。
・なぜ早期帰国? 空海は唐の密教僧・恵果から密教の奥義を短期間で集中的に授かり、すでに「伝法阿闍梨位(でんぽうあじゃりい)」という最高位の灌頂を受けていました。つまり、学ぶべきことをすべて吸収したと判断したのです!
◎余命わずかな恵果阿闍梨の一言が、空海の帰国を大いに急がせた!
・恵果は自国の近未来に、安史以後の政局不安と学派競合のなかで、宮廷密教の将来に“厚遇と反動”の両刃を読み取り、断絶リスクを避けるために両部の総伝を短期で空海へ付与し、日本という安定的後援を見込める舞台へ法灯を分散させた――この遠望が「空海指名」の核心であった。
・「真言密教の全てを伝授しました…。一日でも早く日本へ帰られて、この密教を広く伝えなさい…!」
🌿命令違反の帰国とその「罰」!
・帰国後の状況(806年) 空海は朝廷の正式な許可を得ずに帰国したため、「命令違反」と見なされました。とはいえ、彼が持ち帰った密教の経典や曼荼羅、法具は非常に貴重で、朝廷も無視できません。
・罰の内容 空海は一時的に「禁足(きんそく)」のような処分を受け、京都の東寺などへの出入りが制限されました。しかし、彼の学識と人格が認められ、後に嵯峨天皇の庇護を受けて東寺を託されるなど、名誉ある地位へと復帰します。
- 「命令違反」=悪ではない:空海の行動は規則に反していたが、目的達成と国益のためだった。
- 「罰」=一時的な制限:空海は処分を受けたが、その後の活躍で信頼を取り戻した。
- 「学びの本質」:空海は形式よりも実質を重視し、必要な知識を得たらすぐに行動した。

・🍃空海・帰国後の三大逸話(おそらく皆様も御存じでしょう…?)
・🍃空海・帰国後の 三大逸話。
① 密教を日本に広める(高雄山寺での教化)
・帰国後、空海は京都の高雄山寺で密教の教えを説き始めました。弟子たちに「三密修行」や「即身成仏」の思想を伝え、日本に真言密教を根づかせる礎を築きました。 逸話の意義:形式よりも“心と行”を重んじる教えが、庶民にも深く浸透していきます。
② 早咲きの桜を咲かせる(祈りの奇跡)
・ある春、嵯峨天皇が「この桜はまだ咲かぬのか」と問うと、空海は静かに祈りを捧げ、桜がその場で咲いたと伝えられています。 逸話の意義:自然と心が通じるという密教的な世界観を象徴する奇跡です。
③ 旱魃を救う雨施法(竜王への祈祷)
・深刻な旱魃(かんばつ)に苦しむ民のため、空海は川辺で竜王に祈りを捧げ、雨を降らせたとされます。 逸話の意義:祈りが自然を動かす力を持つという信仰と、空海の慈悲心が表れています。
⁂これらの逸話は、単なる伝説ではなく、空海が「人々の苦しみに寄り添い、智慧と祈りで救おうとした」姿を映す鏡のようなものです。
「・命はみんな貴い! だから備えることも祈りの一つ‼」
⁂地震対策ー
空海の地震対策ー

ー・地震におびえる平安時代の絵巻物風の画 *ー

・災害の前ぶれのような空。地面が割れ、建物が崩れそうになっている。
・おじいさん、子ども、役人…みんなびっくりして、どうしていいかわからない様子。
・家の中でも安全じゃない。屋根が落ちそうで、女性たちは柱につかまってる。
・そんな中、空海は静かに祈っている。みんなの心を落ち着けようとしているんです。

・空海の姿は、まるで「揺れる時代の中で、心を支える柱」のようです。
・「地は揺れても、心は揺らすな。祈りは、揺れる世界を照らす光となる。」
【害の前ぶれのような空。地面が割れ、建物が崩れそうになて災害の前ぶれのような空。地面が割れ、「この地は、揺れる。だからこそ、私たちは心を整える。」空海の教えは、地震の国に生きる私たちへの贈り物なのかもしれません。だからこそ、私たちは心を整える。空海の教えは、地震の生きる私たちへの贈り物なのかも…⁉

*秘法*
・南海トラフ巨大地震…想定死者29万8千人の地震が、30年以内に80%程度の確率で生じるのを修正。(R7.9.28日本政府)・
⁂ー<天明山不動堂の秘法を公開>…………
⁂身体保全法⁂
(身に迫りくる危機を避ける方法!)
How to avoid a looming crisis!
・・さて、皆さんは動物は天変地異を察知する能力を持つと言われていることはご存知でしょう。
・人間も生き物です。実は私達も“身に迫りくる危機を察する”能力を備えているのです。ぜひ覚えておかれるとよろしいでしょう。(旅先で是非とも活用すると良いでしょう)

⁂月光が穏やかな波と砂浜を銀色に染め、星々が静かに見守るように輝いています…。
まるで時間が止まったような静寂の中、遠くに浮かぶ漁船が物語を秘めているようにも感じられます。
***「身体保全法」****
(「天明山不動堂」に伝授される文献による)******
・この法は古来よりある所なれども、人多く之 を知らず。・「身体保全法」は別に器械を用いるにも非ず。又 薬餌を服するにも非ず。
自身の手を以って、自身の脈度を測り、其平均を得るとことあるを知るものとする。
- 自身の手を以って、自身の脈度を測り、其平均を得るときは無難なることを知り其常度を 失うときは一昼夜間に生命に関することあるを知るものとする。
- その法はー”まず左手を以って左右の奥歯の下にある動脈を外より診するに、その脈拍は指頭に感じて波動を覚ゆべし、然る後、右の手を以って左の手の脈を診し、心静に之を試みるに、左右奥歯の下なる脈と左手の脈と三所の波動平均を得る。・ 之を三脈の大事と謂う。 是れ無事安穏を示すものなり。

←左手を以って左右の奥歯の下にある動脈を外より診するに、その脈拍は指頭に感じて波動を覚ゆべし、然る後、右の手で以って左の手親指下の脈を診して、脈の乱れを検診
・凡そ人身全体の脈は血液の運行に従いて動くものにして、頂より踝(くるぶし)に到るまで緩急あることなし。故に身体に障りなきときは脈は何れも同じ度数の波動を為し、彼れに強く此れに弱きの異状を来たさざるものなり。 若し横死等の変あらんには、第一に脈度に変兆を呈し、脈は自ら運動して、手は手、足は足と殊別の鼓動を起こすが故に、前の三脈を試むるときは奥歯の下と左手の脈とは常度 を違え彼此別々の波動を為すものなり。これ身命をも失うべき大難の前兆たるを知るべし。この兆候は凡そ一昼夜前に現れるものなれば、既に兆候を知らば、速やかに避難の方法を行うべきなり。ーーー
・では、実際に体験されました外科医の実話をご紹介 いたしましょう。

・隠医(いんい) (戦国時代に武士の中から現れた刀傷の治療を専門とする外科医)
《過去における実際にあった事実について紹介いたします≫
<「身体保全法」は別に器械を用いるにも非ず。又薬餌を服するにも非ず。自身の手を以って、自身の脈度を測り、其平均を得るときは無難なることを知り、其常度を 失うときは一昼夜間に生命に関することあるを知るものとす。>
- この法は何れの世(時代に)、何人(誰)の発明に係るか未だ詳らかならずといえども、昔、隠医(いんい)(戦国時代に武士の中から現れた刀傷の治療を専門とする外科医)あり。
- 常に此の法(「身体保全法」)を以って人に授け陰徳(いんとく)(人に知られないように秘かにする善行)を施すことを好みたりと云えば、此の人の発明なるか 或いは他(知人)よりうけたるかは知るに由しなしと雖も、此の医(この医者)の実験する所によれば・・・、
- ・此の医者が以前に旅をして、相模の海浜に一宿し、将に床に就かんとするに先立ち、此の法を試みるに、脈の乱れ有れば、これを怪しみ、お供の従僕達の脈をも診ずる。(調べてみる)に、やはり自分と同様なれば愈々驚き、旅店の主人やその宿の家族等にも脈を調べてもらったら(試みるに)何れも変動甚だしければ、是を容易の事に非ずと思い、窓を開けば、月光昼の如く。ー ・海上波静かにして異変の生ずべきとも 思われず。ー されども、此の方法に誤りなきことを信ずるが故に、急に行李(手荷物)を整えー従僕 と共に旅店を出つ”れば、旅店主人以下も跡より就き従う。 ・村後の山に登ることおよそ四十五町... ここに於いて再び脈を検するに、皆平穏に復せしかば(脈が平常に戻っていたので)、やや安心して休息せしに 、突然 海中忽ち激浪を起こし(海水が大きく盛り上がって)、津波大いに来たりて、海浜の人家を漂はし(あっと言う間に)、 旅店(海岸の旅館)も 亦片影を留めざりし(跡形もなく消え失せてしまった)と。 すなわち此の方法(「身体保全法」を)知っていた)の為めに身命を全うせしに(命拾いをしたと)感じ、その後も爾来益々怠らずして、此の法を行いたりと云 う。―
<追伸:ここで紹介いたしました内容を詳しく検証いたしましたら、江戸時代後期の嘉永7年11月4日(1854年12月23日)に発生した東海地震で、昨今話題になっています“南海トラフ巨大地震”の一つとされました「安政南海地震」とともに“安政地震または安政大地震”と総称されております。この地震は嘉永年間に起きましたが、この天変地異や前年のペリーの黒船来航を期に改元されまして歴史年表上では安政元年であることから上記のように“安政”を冠して呼ばれています。当時は“寅の大変”(トラのたいへん)とも呼ばれました。
(江戸時代には南海トラフ沿いを震源とする巨大地震として、この他に宝永4年(1707年)に宝永地震があります。上記の安政地震はこの「宝永地震の後始末地震」であった可能性が考えられています。147年の周期は南海トラフ沿いの巨大地震としては短い部類であるとの見方もあります。現代は、1854年から172年ほど経過いたしました。近年さかんに話題にされている理由が理解できるでしょう…。)
⁂善男善女の皆さん…! この文中の主人公である、隠医(いんい)(戦国時代に武士の中から現れた刀傷の治療を専門とする外科医)はおそらく自身の発想、発見ではなかったのでは? と思われた方も多いことでしょう。 実は RYOUSYOU まったくの同感でした! ⁂空海:お大師様は、密教(NEW仏教)の実践を通じて「仏と一体となる」ことを目指し、身体・言葉・心の三密を調和させることで、現世利益(げんぜりやく)を得ると説きました。これは、単なる宗教儀礼ではなく、身体の健全性や精神の安定を含む包括的な「保全」の思想とも解釈できるでしょう…。 ー(とすると・・・)ー
*空海がその先駆けであるのでは!
・「身体保全法」という言葉の定義次第では、空海がその先駆けであるという説は正しいかもしれませんね!その言葉に「身体と精神の調和を図る修法」という意味を込めているなら、空海こそがその思想の先駆者と呼ぶにふさわしいかもしれません。 ・この説は、空海の「加持祈祷」がどのように庶民の病や災厄に対応していたか、また例の満濃池の修繕など、【身体と環境の保全】を一体とする思想などに通じていると感じませんか。<中国では現在も空海の偉業については絶賛が絶えません>

・乱世 を 生き抜く力・
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‐般若心経 (玄奘三蔵法師 作)現代語訳‐
🧘♂️空海と『般若心経』ー玄奘三蔵法師作ー
『般若心経(はんにゃしんぎょう)』は、仏教の中でもとても有名なお経で、「すべてのものは空(くう)である」という教えを中心に、苦しみから自由になるための智慧(ちえ)を説いています。
そして、このお経を深く読み解いたのが、真言宗の開祖・空海(くうかい)です。空海は、ただの「短いお経」としてではなく、『般若心経』の中に仏教のすべての教えが凝縮されていると考えました。
🌟空海の見方のポイント
- 1.『般若心経』は悟りのエッセンス。 空海はこのお経を「大般若菩薩の悟りを表す真言(しんごん)」だと考えました。 つまり、仏さまの深い気づきが、短い言葉の中にギュッと詰まっているということです。
- すべての仏教の教えが含まれている。 空海は『般若心経』の中に、 仏教のさまざまな宗派(華厳・天台・法相など)の教えがすべて含まれていると説いています。まるで、たった一枚の紙に、仏教の宇宙が広がっているようなイメージでしょう。
- 「空(くう)」の教えを日常に活かす 。 空海は「空」という考え方を、ただの哲学ではなく、私たちの生き方に役立つ智慧として伝えました。たとえば、「悩みや苦しみも、実体がないからこそ乗り越えられる」といった考え方です…。
・空海は、『般若心経』を通して、「悟りは遠くにあるものではなく、自分の心の中にある」と教えてくれました。皆さんが悩んだり迷ったりするときも、このお経の言葉が、心の中の静けさ、力を思い出させてくれるかもしれません…。
🌿もし、職場や学校で「空」ってなんだろう? と感じたら、空海の言葉を思い出してみてください。「空」は、何もないことではなく、すべてがつながっているということです。それは、友達や家族との関係にも通じる考え方ですね…。
・ここで唐突ですが玄奘三蔵法師<西遊記でお馴染みの>さま登場です! ー玄奘(げんじょう)三蔵法師の奇跡の旅🌿命がけの旅立ち !ー
・玄奘師は13歳で僧侶となり、
・仏教の教えに深く魅了されました。しかし、
・中国に伝わっていた経典には矛盾が多く、「本当の教えを知りたい」と思い、インドへ行く決意をします。 当時、海外渡航は厳しく禁止されていたため、
・彼は密かに国を抜け出すという危険な選択をしました…。
・<A.D 629年 インドへ密かに出国旅立つ>
🌵・玄奘師ゴビ砂漠を一人で越えるー<・孫悟空・猪八戒・沙悟浄・玉龍(三蔵により救われ弟子に)>4人は"物語“には登場…!
・旅の途中、ゴビ砂漠という命を落とす者も多い過酷な地を、水も食料も尽きた状態で一人で横断しました。矢が飛んでくる危険地帯も通り抜け、魑魅魍魎に襲われながらも、仏法のために一歩も引きませんでした。 -(奇跡)ー
🏔 ヒンドゥークシュ山脈を越えてー
・中央アジアを経て、険しいヒンドゥークシュ山脈を越え、ついにインドへ到達。ナーランダー僧院で長年学び、600冊以上の経典を持ち帰るという偉業を成し遂げました。彼が求めていたのは、断片的な漢訳ではなく、原典そのもの。
・📚翻訳という新たな挑戦ー
・帰国後(AD.645年に帰国)は、持ち帰った経典の翻訳に取り組みますが、生涯をかけても3分の1しか訳せなかったほどの膨大な量。それでも彼の訳は非常に正確で、今でも日本の寺院に保存されているものもあります。
・つまり、旅と学びに費やした年月は約16年!
・彼の言葉「仏法のためなら、たとえ道なかばで死んでも後悔はない」は、まるで風に揺れる竹のように、しなやかで強い意志を感じさせます。
・🌸突然玄奘と空海、 そして般若心経 善男善女の心に響く智慧の共有❣
・昔、唐の時代(618〜907年)に、果てしない砂漠を越えてインドへと旅した一人の僧がいました。
・名を玄奘<西遊記のお坊さん>中国・唐代の高僧で、
・『大唐西域記』の著者。没年は664年(唐の高宗の時代)。
・彼はただ「ありがたいお経」を求めたのではなく、真理そのものを探しに行ったのです。
・彼が持ち帰った『般若心経』は、たった262字ほどの短い経典。
・でもその中には、宇宙の深淵と人の心の迷いを照らす光が込められていました…。
・・そして時を経て、空海 <誕生年は774年(宝亀5年)、入定(にゅうじょう=死去)は835年4月22日(承和2年3月21日)というもう一人の偉大な僧が現れます。
・彼はこの『般若心経』を、密教の眼で読み解きました。
空海は言いました──「迷いも悟りも、遠くにあるものではない。すべては自分の心の中にある」と…。
・空海〈幼名:真魚)は玄奘後凡そ 1世紀(110年後)に誕生。
・偉人達のリレ―・バトンタッチの凄まじさを感じるのは私だけでしょうか?
・もし貴方が「自分って何だろう」と悩むなら、般若心経はその問いに静かに寄り添ってくれる。「色即是空、空即是色」──この言葉は、見えるものも見えないものも、すべては変わりゆくものだと教えてくれる。
・だからこそ、今の君の不安も、やがて風のように過ぎ去る…。
・玄奘師は「知ること」の力を信じ、空海師は「感じること」の深さを伝えた。
・二人の教えは、まるで両手のように、貴方の心を包み込む…。
<⁂令和の現代に、量子論が定着。 大宇宙が全て、振動で成り立っていることが立証。その理論が、とうの昔から、般若心経に記されていたとは…! ⁂>
・般若心経は、暗記するものではなく、感じるもの‼ それは、貴方が自分自身を見つける旅の地図。迷ってもいい。 立ち止まってもいい。でも、耳を澄ませば、きっと心の奥から 「空(くう)」の声が聞こえてくる…⁉


・玄奘は生死を分けたゴビ砂漠を必死な形相で歩く、必死に足を進める、インドへの聖なる道なき道を! 一心不乱に‼。

・空海は、讃岐国(現在の香川県)に生まれ、唐で密教を学び、日本に伝えました。高野山や東寺の創建、庶民教育のための大学 「綜藝種智院」設立など、社会事業にも多大な尽力。 また、空海弘法大師さまは 3度改名。⁂ "如空 ” → ” 教海 ” → ” 空海 ”
🍂・玄奘が旅したシルクロードの先に、空海が密教を受け継いだという流れを思うと、時空を超えた仏教の縁が感じられますね…、 まさに奇跡です。
⁂(玄奘と空海)の章 <了>
・お疲れさまでした! よくぞ、この長旅に堪えられましたね。 ご苦労様でした…。
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///空海さまと二人旅 -THE END-///

* <付録: ーRYOUSYOープロフィル /・RYOUSYOU.NET 番外編>

⁂ RYOUSYOU ― 量照 プロフィール
・先代である父・**量心〈全盲の修験道〉**の元で、
・三歳よりその教えに師事ー
・十五歳の折には、
・日本有数の霊峰・越後魚沼・八海山に入り、
・奥之院・八ツ峰岩場にて修行を重ねる。<プロフィール画像・左>
・学問の道においては、
・大学受験期中、東京大学理科三類を志し、
・東京医科大学医学進学科に合格。
・その後、教育の道へ進み、
・公立・私立高等学校・数学指導教員、後、大学講師を歴任。
・高校硬式野球の指導者としては、
・監督就任二年目にして、
・県大会参加107校の頂点を争う決勝戦へ進出(奇跡)。
・教育とは知識を授けることだけではなく、
・人を育て、心を育てることであると学ぶ。
・また、神道大教本局直属神官として神明に奉仕し、
・さらに仏道修行を重ねたのち、
・現在は空海真言密教の伝道・布教に全力を注ぐ。
・幼少より歩み続けてきた
・人生修行・学問全教科・教育・哲学・医学・心理学・神道・密教・修験道・量子論――
・その全てを、現代を生きる人々の為の
・「生きる智慧」へと結び生かすことを使命とする。
・現在、小さなお堂・天明山不動堂・を拠点に、・
・若者から人生の円熟期を迎えた方々まで、
・世代を超えて心の相談に向き合う活動とともに、
・HP・Instagramを通じ「弘法大師空海の教えを、令和の現代 へ!」と―
ー日々発信を続けています…。///
・真言宗・醍醐派・修験道
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-ryousyou- *あれ! 左手にも"神秘十字線” !
・文科省公認の占い師が驚いておられました…。海外からも、“不動明王御朱印″に合わせて、”この神秘十字線”に触れたいと来堂される参拝者が増えてます・…。
⁂🖐️ **「神秘十字線(しんぴじゅうじせん)」**は、手相占いで使われる名称です…。
⁑一般には、手のひら中央付近、感情線と知能線の間に現れる「十字(+)」状の線を指します。手相術では、これを「直感が鋭い」「信仰心や精神世界との縁が深い」「危機の際に不思議と助けられる」といった意味に解釈することがあります。
・しかし、本当に見るべきは、「本当に人を守るものは、手のひらの線なのか。それとも、その人が積み重ねてきた智慧・御縁・行いなのか。」
・そして、その手が何をしてきたかであるーRYOUSYOU
・誰かを励ました手。
・祈りを捧げた手。
・涙をぬぐった手。
・そして、
・今日も誰かのために働く手。
・その手こそが、
⁂・何より尊い…!

RYOUSYOU 右手!
・また、薬指が長いか どうかも、
・その手で何を成したか?
・そこに人の 価値を 見るとよい!

ーRYOUSYOU.NETー
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⁂天明山************⁂不動堂
・過去を知り、今を、見つめ、未来へ祈りを託すー
・心を巡る旅《長時間お疲れ様でした!》
-RYOUSYOU.NET- 2026.10.23 ーJAPANー (END)
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