*金曜・RYOUSYOUの心の相談室*

*家族のこと。

*仕事のこと。

*病気のこと。

*人間関係のこと。

・そして、生きる意味。

 *どんな小さなことでも構いません。

 *一緒に考えましょう一緒に考えてみましょう

・「明日が来なければいい」

・「少し話を聞いてほしい。」


📩 ご相談はこちらへ↓

・先生、こんばんは。

・変な相談だったらすみません。

・私、高校2年の女子です。

・学校には普通に行っています。

・友達もいます。

・休み時間には一緒に笑っています。

・Instagramもやっています。

・部活も週4で行っています。

・成績も、真ん中より少し上くらいです。

・だから、

・たぶん周りから見たら、

・普通の高校生です。

・でも最近、

・家に帰ると、

・何もしたくありません。

・制服のままベッドに横になって、

・スマホを見ています。

・TikTokを見て、

・Instagramを見て、

・LINEを返して、

・またTikTokに戻ります。

・別に見たい動画があるわけじゃありません。

・気がつくと、

・二時間くらい経っています。

・母から、

・「お風呂入りなさい」

と言われて、

・「分かってる」

と言います。

・「宿題したの?」

と言われると、

・イライラします。

でも、

・母が悪いわけじゃありません。

・それも分かっています。


・この前、

母から言われました。

・「あなた、何か悩んでる?」

・私は、

*「別に。」

と言いました。

・本当は、

・別に、じゃありませんでした。

・でも、

・何に悩んでいるのか、

・自分でも分からないんです。


・学校へ行けば、

・普通に笑えます。

・友達から、

・「今日テンション低くない?」

と言われれば、

・「昨日寝不足(笑)」

と言えます。

・Instagramには、

・友達と撮った写真も載せます。

・みんなから、

・「楽しそう」

と言われます。

・でも、

写真を載せた五分後には、

ベッドの上で、

・無表情でスマホを見ています。

・時々、

・「私、何してるんだろう。」

と思います。


・一番怖かったことがあります。

・先週、

・夜中の二時くらいに、

・スマホを見ながら、

・突然、

・「明日、学校休みにならないかな。」

と思いました。

・その次に、

・「ずっと休みだったらいいのに。」

と思いました。

・そして、

・そのあと、

⁑「全部終われば、もっと楽なのかな。」

という考えが、

・一瞬だけ出てきました。

自分でも怖くなって、

・すぐスマホを閉じました。


・でも先生、

・誤解しないでください。

・私は、

・死にたいわけではありません。

・ただ、

・最近、

・*「生きたい」とも、あまり思わないんです。

・朝になったから起きる。

・学校があるから行く。

・授業だから座る。

・友達が笑ったから笑う。

・宿題だからやる。

・眠くなったから寝る。

・そして、

・また朝になる。

・その繰り返しです。


・大学にも、

・特に行きたいところがありません。

・将来やりたい仕事もありません。

・先生から、

・「そろそろ進路を考えなさい」

と言われるたびに、

・苦しくなります。

・だって、


・でも、

・こんなことを言ったら、

・母を悲しませると思います。

・お父さんもお母さんも、

・ちゃんと育ててくれています。

・学校にも行かせてもらっています。

・友達もいます。

・ご飯も食べられます。

・だから、

・私には、

・苦しいと言う資格がないような気がします。

・先生。

・私って、

             *********************

・RYOUSYOUのお答え ー






・そして、お母様へ。







・「疲れていないか。」

・「ちゃんと眠れているか。」

・「一人で泣いていないか。」




    /////////////////////////////////

・ー

・地獄の世にあって、なお問う…

・炎は、破壊の象徴ではない ー
・迷いを焼き尽くす智慧である!

・その炎を、
・自らの内に見出すとき、
・人は初めて「幸せ」に触れる・・!

     <空海:774~835年>

"心を照らすメンタル師”  = 空海の魂の教​え! 

”全ての生き物は仏性をもち全ての人間は貴賤にかかわらず平等で貴い”
                             (空海)
"All living beings possess Buddha-nature, and all humans are equally noble regardless of social status."                 ( Kūkai )

・🌌 宇宙の果てを探し続けた人類は、
最後に自らの心の奥へ辿り着く。

・そこにこそ、
神仏の灯火があるのかもしれない‼

・

・子どもたちの笑顔は花のように地に春を満たし、学ぶ声は梵音のごとく天心に響く…。

・つながりを大切にする (縁起・大悲の心)

・『未来を切り開く』(三密修行の実践を現代化)”空海の他の教えについても教えてください

*空海は、これらの教えを通して「自分の心を整えることが、世界をよくする第一歩だよ」と伝えています。ルールというより、“心のトレーニング”と思ってもらえるといいでしょう…。

  • ・【真言は宇宙と人とを結ぶ響き】=
  • ・世の中がどんなに進化いたしましても、天然・自然の神巧威力にはけっして勝てません。
  • 人がどんなに賢明であっても、宇宙の神秘を詳らかにし、未然を察知することは不可能でございます。
  • ヒトに智恵の別はあれども、天地の大きさ・偉大さより之を見れば、いずれも五十歩百歩の差にすぎません。
  • されば賢者と雖も誇るに足らず、愚者亦恐れるに及ばず、
  • まさに智者必ずしも智ならず、愚もまた愚ならず、 でございます。
  • また視点を変えて見ますと、「人がいかに小なり、愚なりと雖も、宇宙を学び、天地を解明し、未然を察しうる」こともできましょう。

    ⁂光明真言   

⁑阿字の子が阿字の故郷立ち出でて、また立ち帰る、 阿字の故郷。

⁂ 私達、皆が”同じ故郷”だったんですね…! ⁂ 

 

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    ー<・命を懸けた密教への旅・>ー

西暦804年。
遣唐船 第1船。
若き空海は、
命を懸けて海へ出た。
その目的はただ一つ。
「真理を日本へ持ち帰ること。」
しかし――
海は牙をむいた。

暴風。
雷鳴。
船体は裂けんばかりに揺れる。
誰もが死を覚悟した。その時。
一人の僧が立ち上がる。
恐怖の中で、
彼は叫ばなかった。
祈った。嵐が、割れた。
怒涛は静まり、
船は奇跡的に進路を保った。
生き残ったのは――
偶然か、必然か!。あの嵐がなければ、
密教は日本に届かなかった!
人生の嵐も、
時に「使命の門」かもしれない。
あなたの嵐は、
何を運んでいますか?
🌿 天明山不動堂

 ― 遣唐船、 第1船で若き空海は -

    命を懸けて海へ出た !     

【4隻で使節団を構成】・最澄、は 第2船。

・“天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも。” 。        ー阿倍仲麻呂ー

  *唐で出世した阿倍仲麻呂が詠んだ望郷の歌。・彼は帰国を試みるも果たせず、異国で生涯を終えた。】

・34日間、波に揉まれ、星に導かれ、命を削ってたどり着いた異国の浜。 衣は裂け、肌は焼け、言葉も通じぬ地に、彼らは立った。 その姿は、敗者ではない。 それは、知と志を背負った者の、誇りの形だ。 彼らは叫んでいる── 「我らこそ、日本の未来を拓く者。 みすぼらしく見えるか? ならば、目を凝らせ。 この傷と泥にこそ、本物の勇気が宿っている。」

●その文才に感銘を受けた福州の役人・閻済美が、空海らを正式な国賓(遣唐使)として認めるよう命じました!

 🕉️空海はー密教の第8祖ー

・この継承により、空海は密教の正統な流れを受け継ぐ第8祖となり、日本に真言密教を根づかせる礎を築いたのです。

<奇跡⓺>/

*ホッ❣ お疲れ様でした。このへんで coffee でもいかがでしょうか。 

  • 第3・第4船は暴風雨により沈没または航行不能となり、死傷者も出たという記録があります。
  • 空海の船は約30日間漂流し、唐の福州赤岸鎮に漂着。
  • 最澄の船は50日以上漂流し、明州寧波(現在の寧波市)に到着したそうです。

このように、空海と最澄の船だけが唐に到達したというのは事実に基づいています。空海は漂着後、福州の役人に嘆願文を提出し、遣唐使としての正当性を認められました。その文才と精神力が高く評価され、長安への道が開かれたのです。

・確かに「密教伝来のための美談」として語られることもありますが、空海の漂流や文書による交渉、そして恵果和尚からの密教伝授は、複数の史料に記録されており、歴史的事実としての裏付けがあります。

桓武天皇は、平安京への遷都を行ったことで知られ、政治改革や仏教の整理にも力を入れた人物ですね。』 天皇は日頃より中国・唐の国の役人たちが ”遣唐使にかぎらず、日本人は、体は小柄だし(倭人)、容姿はメチャクチャ(不細工)だし、ひどい人種だなあ!”と堂々と公言していることに、日頃から腹立たしく思っていました。

・そこで、第16次遣唐使からは、スラリ長身で、絶世の美男子だけを選りすぐって選考することとしました。当時の美形男子とは?実写物はもちろんございませんが、漂流後の空海さんの描かれた画を見ると、天皇の”強い心意気”が感じとれましょう! なにしろ(794)平安遷都された、御立派なお方でございます。

・平安京への遷都(794年)それまでの仏教勢力が強かった奈良(平城京)から、政治と宗教の分離を図るために新都・平安京へ遷都しました。

    ・中央集権体制の立て直しを図り、地方統治の強化にも取り組みました。

蒙古襲来【文永の役(1274年)】  

  👉 第一次侵攻は試験的で、迅速な撤退戦に!《元軍》

ー7年後【弘安の役(1281年)】 蒙古大再襲来15万の大雪辱戦に‼ー     

  • 攻撃軍総数:約14万〜🌊15万人(🌊史上最大規模)
    • 東路軍(高麗方面軍) 約4万〜5万
  • 江南軍(南宋方面軍) 約10万
    • 南宋征服後の中国人水軍主体
  • モンゴル・高麗の混成部隊
  • 総司令官:洪茶丘、范文虎(はんぶんこ)
  • 侵攻経路:
    • 東路軍:朝鮮半島から対馬海峡経由
    • 江南軍:華南から東シナ海を北上し合流予定
  • 戦況:
    • 🌊博多湾で上陸阻止、防塁と夜襲に苦戦
    • 🌊7月末の**台風(神風)**で壊滅。
    • 🌊壱岐・対馬沖で多くの船が沈没。



         ⇩

⁂祈りは風となって還る

文永の役、弘安の役。
二度にわたる異国の襲来。
そのたび、海は荒れ、天は裂けた。 海は、すべてを呑み込み、そして沈黙した。
血も涙も、祈りも、ひとつの波に溶けていった。

しかし——天は、その声を聴いていた。

祈りは風となり、風は雲を呼び、
雲は雷鳴を孕み、やがて嵐となった。

誰もが絶望したその夜、
海上を白き稲妻が走り、
轟音とともに、異国の艦をことごとく裂いた。

あれは偶然ではない!
あれは、この国の魂が呼んだ風!—
・神が人の祈りに応えた瞬間であった…。
 

 🌊その時、諸国の不動明王、各地の御影、山寺の御正体、悉く分身して博多に集う‼ 🌊

・神風は後に吹いた。
しかし最初に吹いたのは、不動の火より起こる武士の魂の風である。                      

"いいえいいえ、勝因?”  何か忘れていませんか 昨今、大学入試”日本史”に頻繁に出題されてる…。あれですね。確かに。

⁂ 西暦1019年、突如、九州北部の空が焼けた!
・“刀伊(とい)”と呼ばれる異民族(女真族というツングース系の遊牧民で、今の朝鮮半島北部あたりから現れた海賊軍)が、
突然、50隻の船団組、壱岐・対馬を襲い、島の村々を全て焼き掃い、島民を虐殺し、拉致し、現九州の大地を血で染めつくした—。壱岐の島守・藤原理忠(まさただ)が兵を率いて迎撃に向かうが全滅!
まさに「日本史上、初めての外敵来襲」である。だが、その侵略を博多で食い止めたのは、中央の貴族ではなく、一人の地方武士・大宰権師(藤原隆家)だった。
藤原隆家は、わずかな兵を率いて応戦し、博多への上陸を食い止め、逆に朝鮮の高麗の領地まで海賊軍を追い返した。  ー命を賭して異国の軍を退けたー…。
この戦いが、のちの「武士の世」の幕開けを告げたとも言われる。-この時、命懸けで戦ったのが関東・東北から九州にやって来ていた武士達だった。ー東国出身の武士達が藤原氏という貴族の指導の下で戦い、外敵を追い出した。ーそして、ここから”貴族”と”武士”が強く結びつき、  また貴族が”武家化”していったのです…。

 ⁂それからおよそ250年後—
  再び海の向こうから襲い来る外敵、「元寇(げんこう)」。
  当時、最強軍団であった大モンゴル帝国の大軍が日本を飲み込もうとしたとき、
 その背後には、かつての「刀伊の入寇」の記憶が、日本人の魂の奥底に、警鐘のように響いていた <勝因の1つにぜひ❢>

 “外敵に屈せぬ国魂”—— それは、刀伊の夜に生まれた。ー

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⊛ その後、聡明にして偉大なる、桓武天皇は 長岡京建設では藤原種継を重用し、仏教勢力や反対派を政治の中枢から遠ざけました。

⁂これは 仏教が政治に過度に関与していた奈良時代 への反省から来ています。

  なぜ?「国家鎮護」の仏教では、民を救えない…!

  ・新しい仏教(密教)の導入に寛容 ‼

            あア! それで同時 遣唐使団に! (RYOUSYOU.)       

・「真言密教の全てを伝授しました…。一日でも早く日本へ帰られて、この密教を広く伝えなさい…!」

・🍃空海・帰国後の 三大逸話。

⁂地震対策ー

   空海の地震対策ー

・災害の前ぶれのような空。地面が割れ、建物が崩れそうになっている。

・おじいさん、子ども、役人…みんなびっくりして、どうしていいかわからない様子。

・家の中でも安全じゃない。屋根が落ちそうで、女性たちは柱につかまってる。

【害の前ぶれのような空。地面が割れ、建物が崩れそうになて災害の前ぶれのような空。地面が割れ、「この地は、揺れる。だからこそ、私たちは心を整える。」空海の教えは、地震の国に生きる私たちへの贈り物なのかもしれません。だからこそ、私たちは心を整える。空海の教えは、地震の生きる私たちへの贈り物なのかも…⁉

・南海トラフ巨大地震…想定死者29万8千人の地震が、30年以内に80%程度の確率で生じるのを修正。(R7.9.28日本政府)・

ー静寂な海岸ー

 ⁂月光が穏やかな波と砂浜を銀色に染め、星々が静かに見守るように輝いています…。

まるで時間が止まったような静寂の中、遠くに浮かぶ漁船が物語を秘めているようにも感じられます。

(「天明山不動堂」に伝授される文献による)******

←左手を以って左右の奥歯の下にある動脈を外より診するに、その脈拍は指頭に感じて波動を覚ゆべし、然る後、右の手で以って左の手親指下の脈を診して、脈の乱れを検診

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🧘‍♂️空海と『般若心経』のつながり

🏔 ヒンドゥークシュ山脈を越えてー

・📚翻訳という新たな挑戦ー

・・そして時を経て、空海 <誕生年は774年(宝亀5年)、入定(にゅうじょう=死去)は835年4月22日(承和2年3月21日)というもう一人の偉大な僧が現れます。

・彼はこの『般若心経』を、密教の眼で読み解きました。

空海は言いました──「迷いも悟りも、遠くにあるものではない。すべては自分の心の中にある」と…。

 ・空海〈幼名:真魚)は玄奘後凡そ 1世紀(110年後)に誕生。 

・偉人達のリレ―・バトンタッチの凄まじさを感じるのは私だけでしょうか?

・玄奘は生死を分けたゴビ砂漠を必死な形相で歩く、必死に足を進める、インドへの聖なる道なき道を!
讃岐国(現在の香川県)に生まれ、唐で密教を学び、日本に伝えました。高野山や東寺の創建、庶民教育のための「綜藝種智院」設立など、社会事業にも尽力しました。

玄奘が旅したシルクロードの先に、空海が密教を受け継いだという流れを思うと、時空を超えた仏教の縁が感じられますね🍂

⁂(玄奘と空海)の章 <了> 

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///空海さまと二人旅  -THE END-///

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RYOUSYOU 右手!