~心の教え~          ・空海に学ぶ生きる勇気 

*「空海」は Kūkai と表記されます。尊称を含めると「Kōbō Daishi(弘法大師)」とも呼ばれます。彼は平安時代の僧侶で、真言宗の開祖として知られています。中国で密教を学び、それを日本に持ち帰って広めた人物です。彼の書道の才能も高く評価されていて、「三筆(さんぴつ)」の一人としても有名です。<嵯峨天皇・空海・橘逸勢(従五位下・但馬権守役人)>

“A Place for Your Heart, Here and Now.”
The wisdom of Kūkai has guided people for over 1,200 years.
Even in our uncertain times, it can give you strength and hope for tomorrow.

⁂「昭和の温もりを胸に、平成の息吹を感じながら、真言密教の光を次の世代と世界へ届けます。       
          ryousyou.net   

「優雅と絶望が同居する、それが平安の京都だった。」

「心を照らす言葉が、ここにある。」

・空海の教えは、千二百年を超えて、
迷いや不安を生きる人々の心を支えてきました。
その智慧は、いまを生きる若者にも、
明日をひらく力を与えてくれます。  

  <空海:774~835年>

   *”心を照らすメンタル師”=空海の魂の教​えです! 

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⁂最先端の科学を駆使して宇宙を旅する飛行士たちが、 この地球に帰ってきて、真言密教に帰依する…❢――

・それは、「人間の知恵がどれほど進んでも、 自然の力、宇宙の真理には、ひれ伏すしかない」 ということを、彼ら自身が体感した証なのかもしれません…!

真言密教は、大自然そのものを「カミ」として敬い、 その力とともに生きる道を示してくれる教えです!

奈良時代の仏教が国を守り、庶民の苦しみに寄り添ったように、 空海が開いた真言宗は、平安の時代に人々の心を照らしました…。

そして――

お大師様、弘法大師・空海が高野山に真言密教の根本道場を開いてから、1250年以上。 その教えは、今もなお、魂を揺さぶる…!

・子どもたちの笑顔は花のように地に春を満たし、学ぶ声は梵音のごとく天心に響く…。

泣いてもいいよ 立てばいい  夢を信じて 進めばいい  風にまけずに 咲く花に なっておくれと願うだけ

   ・『つながりを大切にする』(=縁起・大悲の心)

・『未来を切り開く』(=三密修行の実践を現代化)”空海の他の教えについても教えてください。”

  • 昔の仏教では、
  • 仏になるためには、何度も生まれ変わり、
  • 長い時間をかけて修行を重ねる必要があると考えられていました。
  • しかし、弘法大師空海は、
  • とても大きな意味を持つ、新しい考え方を示されました。
  • それが、
  • 「今、このままの自分で仏になれる」
  • という教えです。
  • これは、
  • 「もっと完璧にならなければ」
  • 「もっと優れた人間にならなければ」
  • という意味ではありません。
  • そうではなく――
  • 今のあなたの中に、すでに仏のいのち(仏性)がある
  • ということを教えてくれているのです。
  • 人は誰でも、
  • やさしさ、思いやり、正しく生きようとする心を持っています。
  • それこそが、仏へとつながる大切な光です。
  • だから、
  • 完璧になるのを待つ必要はありません。
  • 今の自分の中にある光を信じて、
  • 少しずつ磨いていく。
  • 身体・言葉・心」を使って仏とつながる方法のことです。
    *三密とは:(魔のコロナ時代に頻繁に使用された”コロナ語”とは全くの無縁です!)
    ・身(しん):手で印を結ぶ(ポーズをとる)
    ・口(く):真言(マントラ)を唱える
    ・意(い):仏の姿や意味を心に思い描く
    🧘‍♀️ これらを同時に行うことで、仏と一体になれるとされているんです。
    🎮 例えるなら… 「ゲームで“変身モード”に入るための3つのボタンを同時に押す」みたいなもの。全部そろうと、仏モードに突入!

    3. 🌌密教哲学ってどんな世界観なんですか?…
    「・宇宙=・仏。自分=・宇宙。だから、・自分=・仏」
    空海の密教では、仏は遠くにいる存在じゃなくて、宇宙そのもの。
    その中心にいるのが「大日如来(だいにちにょらい)」という仏で、すべての命の源。
    自分も宇宙の一部だから、仏と切り離された存在じゃない。むしろ、仏そのものなんだという考え方。
    🪐 例えるなら… 「宇宙のWi-Fiにつながってるスマホみたいなもの。仏のネットワークに、みんなすでに接続済みなんですよ!」

    *  ”仏”になるとは=”大日如来”になる。大宇宙の主=仏様=”大日如来” の等式で覚えておくと良いです。

*空海は、これらの教えを通して「自分の心を整えることが、世界をよくする第一歩だよ」と伝えています。ルールというより、“心のトレーニング”と思ってもらえるといいでしょう。
⁂ 私達の祖先・縄文人は”おたがいさま”(平仮名 ”六文字” )の精神を、一万年余前からズート大切にしながら、平和に、健康的に生活していました…。    その遺伝子が令和の新生児にも受つがれているはずです…。   が・・・!

⁂ 悲しく、とても残念なことに令和の、日本社会は、助け合うという精神よりも、”個人主義”が蔓延中ですね…。                   自分さえ!、家族さえ、幸せならいい…。     世界一と言われた日本国民は…。(何処へ・・・

  • 「真言は宇宙と人とを結ぶ響き」
  • 世の中がどんなに進化いたしましても、天然・自然の神巧威力にはけっして勝てません。
  • 人がどんなに賢明であっても、宇宙の神秘を詳らかにし、未然を察知することは不可能でございます。
  • ヒトに智恵の別はあれども、天地の大きさ・偉大さより之を見れば、いずれも五十歩百歩の差にすぎません。
  • されば賢者と雖も誇るに足らず、愚者亦恐れるに及ばず、
  • まさに智者必ずしも智ならず、愚もまた愚ならず、 でございます
  • また視点を変えて見ますと、「人がいかに小なり、愚なりと雖も、宇宙を学び、天地を解明し、未然を察しうる」こともできましょう。

大日如来真言

  ⁂お釈迦様は”大日如来様”が姿を変えられた存在です

        ⁂ 光明真言 とは?  

・これはサンスクリット語の音をそのまま唱える「マントラ(真言)」で、音そのものに力があるとされます。

光明真言は、言葉の意味よりも「響き」に力があるとされますが、現代的なイメージで解釈すると:

  • 心身の浄化
  • 災難除け・厄除け
  • 病気平癒・健康祈願
  • 先祖供養・冥福祈願
  • 精神安定・開運招福

⁑(夕暮れの海。波が静かに寄せては返す)

どこから来て、どこへ帰るのか―― 人は誰も、心のどこかで、それを探している。

(幼い子が母の手を握る。 年老いた手が、仏前にそっと花を供える)

この世に生まれ、 喜び、悩み、愛し、別れ―― でも、終わりじゃない。

(空に浮かぶ月。静かに唱えられる「阿(あ)」の一音)

空海は言った。 「すべてのいのちは、“阿”から始まり、“阿”に帰る」

“阿”――それは、宇宙のはじまりの音。 言葉になる前の、いのちの響き。

(高野山の奥の院。灯がゆれる)

阿字の国とは、 生も死も超えた、いのちのふるさと。 争いも、老いも、迷いも超えて、 すべてがひとつに溶けあう、静かな光の世界。

(若者が空を見上げる。年配の人が目を閉じて微笑む)

私たちは、みんなそこから来て、 やがて、そこへ帰っていく。

だから、今を大切に生きる。 誰かを想い、手を合わせる。 それが、阿字の国への道しるべ。

(ラストカット:朝日が昇る山の稜線。鳥の声)

阿字の国―― それは、遠い場所じゃない。 あなたの中に、もうすでにある。…🌲

・全ての人の真の故郷が”阿字の国” です。

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  • 疫病地獄(天然痘・麻疹・赤痢)
  • 飢饉地獄(冷害・不作・米不足)
  • 戦乱地獄(平将門の乱など)
  • 地震地獄(大地震による家屋崩壊)
  • 火災地獄(木造都市の常なる大火)

疫病に呻く者、飢えに泣く者、道に倒れ骸となる者。
わたしの眼前に広がるこの世は、まさに生きながらの地獄である。国家のための経文や、権門に仕える供養では救えぬ。
・わたしは山に入り、身を削り、真言をもって衆生の苦を担う。
「この身このままで仏となれる」──その道を示すために。

見よ、この苦界を!
・この人々を、救いから遠ざけてはならぬ!
・仏は天上にあらず、衆生の涙の中にあるのだ…。≪人々を、庶民を救うNEW仏教を、 1日も早く “密教” を日本へ!

西暦804年。
遣唐船 第1船。
若き空海は、
命を懸けて海へ出た。
その目的はただ一つ。
「真理を日本へ持ち帰ること。」
しかし――
海は牙をむいた。

暴風。
雷鳴。
船体は裂けんばかりに揺れる。
誰もが死を覚悟した。その時。
一人の僧が立ち上がる。
恐怖の中で、
彼は叫ばなかった。
祈った。嵐が、割れた。
怒涛は静まり、
船は奇跡的に進路を保った。
生き残ったのは――
偶然か、必然か!。あの嵐がなければ、
密教は日本に届かなかった!
人生の嵐も、
時に「使命の門」かもしれない。
あなたの嵐は、
何を運んでいますか?
🌿 天明山不動堂

“天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも”──唐で出世した阿倍仲麻呂が詠んだ望郷の歌。彼は帰国を試みるも果たせず、異国で生涯を終えた。

4. 「空海の漂着と筆の力」──・知識が命を救った瞬間!

34日間、波に揉まれ、星に導かれ、命を削ってたどり着いた異国の浜。 衣は裂け、肌は焼け、言葉も通じぬ地に、彼らは立った。 その姿は、敗者ではない。 それは、知と志を背負った者の、誇りの形だ。 彼らは叫んでいる── 「我らこそ、日本の未来を拓く者。 みすぼらしく見えるか? ならば、目を凝らせ。 この傷と泥にこそ、本物の勇気が宿っている。」

空海は天皇の国書を紛失した使節団のために漢文で弁明文を代筆。

●その文才に感銘を受けた福州の役人・閻済美が、空海らを正式な国賓(遣唐使)として認めるよう命令しました!

 🕉️空海はー密教の第8祖ー

この継承により、空海は密教の正統な流れを受け継ぐ第8祖となり、日本に真言密教を根づかせる礎を築いたのです。

奇跡⓺>/

❣ お疲れ様でした。このへんで coffee でも? 

延暦23年(804年)、日本から唐へ向けて4隻の遣唐使船が出航しました。空海は第1船、最澄は第2船に乗っていたとされます。

  • 第3・第4船は暴風雨により沈没または航行不能となり、死傷者も出たという記録があります。
  • 空海の船は約30日間漂流し、唐の福州赤岸鎮に漂着。
  • 最澄の船は50日以上漂流し、明州寧波(現在の寧波市)に到着したそうです。

このように、空海と最澄の船だけが唐に到達したというのは事実に基づいています。空海は漂着後、福州の役人に嘆願文を提出し、遣唐使としての正当性を認められました。その文才と精神力が高く評価され、長安への道が開かれたのです。

・確かに「密教伝来のための美談」として語られることもありますが、空海の漂流や文書による交渉、そして恵果和尚からの密教伝授は、複数の史料に記録されており、歴史的事実としての裏付けがあります

・『ところで、第16次遣唐使が派遣された延暦23年(804年)の時の天皇は、桓武天皇(かんむてんのう)です。

桓武天皇は、平安京への遷都を行ったことで知られ、政治改革や仏教の整理にも力を入れた人物ですね。』 天皇は日頃より中国・唐の国の役人たちが ”遣唐使にかぎらず、日本人は、体は小柄だし(倭人)、容姿はメチャクチャ(不細工)だし、ひどい人種だなあ!”と堂々と公言していることに、日頃から腹立たしく思っていました。

・そこで、第16次遣唐使からは、スラリ長身で、絶世の美男子だけを選りすぐって選考することとしました。当時の美形男子とは?実写物はもちろんございませんが、漂流後の空海さんの描かれた画を見ると、天皇の”強い心意気”が感じとれましょう! なにしろ(794)平安遷都された、御立派なお方でございます。

平安京への遷都(794年)それまでの仏教勢力が強かった奈良(平城京)から、政治と宗教の分離を図るために新都・平安京へ遷都しました。

    ・中央集権体制の立て直しを図り、地方統治の強化にも取り組みました。

蒙古襲来【文永の役1274年)】  

   👉 第一次侵攻は試験的で、迅速な撤退戦に!《元軍》

7年後【弘安の役(1281年)】 蒙古大再襲来15万の大雪辱戦に‼ー     

  • 攻撃軍総数:約14万〜🌊15万人(🌊史上最大規模)
    • 東路軍(高麗方面軍) 約4万〜5万
      • モンゴル・高麗の混成部隊
    • 江南軍(南宋方面軍) 約10万
      • 南宋征服後の中国人水軍主体
  • 総司令官:洪茶丘、范文虎(はんぶんこ)
  • 侵攻経路:
    • 東路軍:朝鮮半島から対馬海峡経由
    • 江南軍:華南から東シナ海を北上し合流予定
  • 戦況:
    • 🌊博多湾で上陸阻止、防塁と夜襲に苦戦
    • 🌊7月末の**台風(神風)**で壊滅。
    • 🌊壱岐・対馬沖で多くの船が沈没。


  • **🌊兵士の多くが「征服された諸民族」**で、士気に差が大きかった。
  • 🌊指揮系統の混乱・連携の遅れが敗北の大きな要因でした。
  • 🌊日本の防塁・夜襲・地形戦への不慣れさも大きな敗因です。


         ⇩

 🌊その時、諸国の不動明王、各地の御影、山寺の御正体、悉く分身して博多に集う‼ 🌊

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⁂ 西暦1019年、突如、九州北部の空が焼けた!
・“刀伊(とい)”と呼ばれる異民族(女真族というツングース系の遊牧民で、今の朝鮮半島北部あたりから現れた海賊軍)が、
突然、50隻の船団組、壱岐・対馬を襲い、島の村々を全て焼き掃い、島民を虐殺し、拉致し、現九州の大地を血で染めつくした—。壱岐の島守・藤原理忠(まさただ)が兵を率いて迎撃に向かうが全滅!
まさに「日本史上、初めての外敵来襲」である。だが、その侵略を博多で食い止めたのは、中央の貴族ではなく、一人の地方武士・大宰権師(藤原隆家)だった。
藤原隆家は、わずかな兵を率いて応戦し、博多への上陸を食い止め、逆に朝鮮の高麗の領地まで海賊軍を追い返した。  ー命を賭して異国の軍を退けたー…。
この戦いが、のちの「武士の世」の幕開けを告げたとも言われる。-この時、命懸けで戦ったのが関東・東北から九州にやって来ていた武士達だった。ー東国出身の武士達が藤原氏という貴族の指導の下で戦い、外敵を追い出した。ーそして、ここから”貴族”と”武士”が強く結びつき、  また貴族が”武家化”していったのです…。

   ⁂  それからおよそ250年後—
       再び海の向こうから襲い来る外敵、「元寇(げんこう)」。
  当時、最強軍団であった大モンゴル帝国の大軍が日本を飲み込もうとしたとき、
 その背後には、かつての「刀伊の入寇」の記憶が、
日本人の魂の奥底に、警鐘のように響いていた…。       <勝因の1つにぜひ❢・・・>

    “外敵に屈せぬ国魂(くにだま)”——それは、刀伊の夜に生まれた。

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⊛ その後、聡明にして偉大なる、桓武天皇は 長岡京建設では藤原種継を重用し、仏教勢力や反対派を政治の中枢から遠ざけました。

🛕なぜ?仏教整理をー「国家鎮護」の仏教では、民を救えない…!

⁑長岡京では仏教寺院の建立や移転を認めず、宗教の政治介入を防ぎました‼

・「真言密教の全てを伝授しました…。一日でも早く日本へ帰られて、この密教を広く伝えなさい…!」

⁂地震対策ー

災害の前ぶれのような空。地面が割れ、建物が崩れそうになっている。

・おじいさん、子ども、役人…みんなびっくりして、どうしていいかわからない様子。

・家の中でも安全じゃない。屋根が落ちそうで、女性たちは柱につかまってる。

害の前ぶれのような空。地面が割れ、建物が崩れそうになて災害の前ぶれのような空。地面が割れ、建「この地は、揺れる。だからこそ、私たちは心を整える。空海の教えは、地震の国に生きる私たちへの贈り物なのかもしれません。」からこそ、私たちは心を整える。空海の教えは、地震の生きる私たちへの贈り物なのかも

・南海トラフ巨大地震…想定死者29万8千人の地震が、30年以内に80%程度の確率で生じるのを修正。(R7.9.28日本政府)・

ー静寂な海岸ー

 ⁂月光が穏やかな波と砂浜を銀色に染め、星々が静かに見守るように輝いています…。

まるで時間が止まったような静寂の中、遠くに浮かぶ漁船が物語を秘めているようにも感じられます

(「天明山不動堂」に伝授される文献による)******

          「天明山不動堂」に伝授される文献による 章ー   (了)

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🧘‍♂️空海と『般若心経』のつながり

‐般若心経 (玄奘三蔵法師 作)現代語訳‐

 🧘‍♂️空海と『般若心経』ー玄奘三蔵法師作ー

🏔ヒンドゥークシュ山脈を越えてー

📚翻訳という新たな挑戦ー

そして時を経て、空海 <誕生年は774年(宝亀5年)入定(にゅうじょう=死去)は835年4月22日(承和2年3月21日)というもう一人の偉大な僧が現れます。彼はこの『般若心経』を、密教の眼で読み解きました。空海は言いました──「迷いも悟りも、遠くにあるものではない。すべては自分の心の中にある」と…。 空海〈幼名:真魚)は玄奘後凡そ 1世紀(110年後)に誕生。 偉人達のリレ―・バトンタッチの凄まじさを感じるのは私だけでしょうか?

・もし貴方が「自分って何だろう」と悩むなら、般若心経はその問いに静かに寄り添ってくれる。「色即是空、空即是色」──この言葉は、見えるものも見えないものも、すべては変わりゆくものだと教えてくれる。だからこそ、今の君の不安も、やがて風のように過ぎ去る…。

玄奘師は「知ること」の力を信じ、空海師は「感じること」の深さを伝えた。二人の教えは、まるで両手のように、貴方の心を包み込む…。

・般若心経は、暗記するものではなく、感じるもの‼  それは、貴方が自分自身を見つける旅の地図。迷ってもいい。立ち止まってもいい。でも、耳を澄ませば、きっと心の奥から「空(くう)」の声が聞こえてくる…。

・玄奘は生死を分けたゴビ砂漠を必死な形相で歩く、必死に足を進める、インドへの聖なる道なき道を!
讃岐国(現在の香川県)に生まれ、唐で密教を学び、日本に伝えました。高野山や東寺の創建、庶民教育のための「綜藝種智院」設立など、社会事業にも尽力しました。

玄奘が旅したシルクロードの先に、空海が密教を受け継いだという流れを思うと、時空を超えた仏教の縁が感じられますね🍂

                🍂 ( と 空海)の章   <了>  ‐RYOUSYOU‐  **********************************************************************************************************

      

    

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